週刊代々木忠
いまこの瞬間の代々木忠の想いが綴られる
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第256回 大雪の降った日に〈後編〉
僕のクルマが発進できないばかりに、五叉路の交通がすべて止まっている。雪はいっそう激しさを増す。とにかく一刻も早くクルマを動かさなければ。
左折できなくなった大型トラックは、クラクションも鳴らさないし、パッシングひとつしてこない。いや、トラックばかりでなく、この状況に巻き込まれたクルマのドライバーが1人としてクレームを表わすことなく、無言で僕に注目している感じなのだ。
ふと、4年前の冬、女房の父の葬儀で行った北海道の風景が脳裏に浮かぶ。なんでこんな切羽詰まったときに……。同じ雪景色だからだろうか。つづけて、そのとき乗ったタクシーの会話がよみがえる。たしか運転手は「北海道のタクシーはマニュアル車だ」と言っていたのではなかったか……。頭の中で何かがつながる。あ、オレのクルマ、マニュアルに切り替えられる!
僕のはオートマ車だが、ハンドルの左裏側にあるボタンを押すとマニュアルに変わり、同じボタンでシフトダウン、反対側の右ボタンでシフトアップが手動でできるようになる。止まっている今、ギアはローだ。それを右ボタンでセカンドに入れて、アクセルをそっと踏んだ。ローよりトルクが小さいぶん、空転しにくくなるはずだ。
ピッ、ピッと小さくスリップしながらも、タイヤは雪道をつかんでくれた。やっとのことで動きはじめる。そのときのうれしさと言ったらない。冷静になってふり返れば、信号数回分のことなので時間にして5分か6分くらいだと思うが、僕はゆうに1時間くらいに感じた。
家の前まで来ると、下の娘夫婦が雪かきをしている。事務所から電話を入れたとき、クルマで帰るのを女房は猛反対した。だが「置いて帰る」とは最後まで言わなかったものだから、「あの人は一度言い出したら聞かない」と思ったのだろう。女房は近くに住む下の娘に電話していた。娘は、連勤明けで家にいたダンナと一緒にやってきて、クルマが入れるよう2人で雪かきしてくれていたのだ。
2人に礼を言ってクルマを入れ、僕は風呂に入った。ずっとクルマの中にいたから、体が冷えていたわけではない。こたえたのだ。大雪といっても、雪国の人たちにしてみればこの程度は序の口に違いない。にもかかわらず、自分は手も足も出なかったではないか。ふだんなら事故回避に役立つスリップ防止というメカニズムが、逆に雪道を抜け出せない要因になっていたのも、僕にとっては象徴的だった。
湯船の中で体を伸ばし、ほっと一息ついたとき、思わず「もったいないなぁ」と声に出してつぶやいていた。昔、おばあちゃんたちがよく口にした「もったいない、もったいない」というあれである。
おばあちゃんの「もったいない」をよく耳にした子ども時代は、もう半世紀以上も昔である。日本もわが家も貧しかった。冬の暖房ひとつをとってみても、エアコンや床暖房などはなかった。水道さえ来ていなかった。こうして浸かっている風呂も、蛇口すらひねることなくボタンひとつでお湯が浴槽を満たす。しかも、全部飲める水なのだ。
そんなことがいつの間にか当たり前になってしまって、なにも感じないまま過ごしている自分がいた。それが自然の猛威のほんの一部を見せつけられ、気づかされたような思いだったのである。
テーマ :
日記
ジャンル :
アダルト
2014-03-14(00:00) :
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