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第17回 エニアグラムとは何か?

 「一人の女の子が感じていると、なにもされていない別の子が同じように感じたり、ときには失神までしてしまうのは、なぜか?」

 「オーガズムを体験すると、目に見えないはずのものが見えたり、悟りの境地に達したような感想を女の子が述べるのは、なぜか?」

 前回の話「胎内宇宙」で、僕はこういった疑問をかかげた。現場でくり返し目の当たりにしても、言うなれば、それは現象として外側に表われたものだから、それを眺めているだけでは、彼女たちに何が起こっているのか解明できない。変化は、彼女たちの内側、つまり「意識」の中で起こっているはずである。

 意識は見えないし聞こえない。手でふれて確かめることもできない。でも、どうしても僕はそれを知りたかった。ちょうどそんなときに出会った本が、P.D.ウスペンスキー著『奇蹟を求めて』(浅井雅志訳、平河出版社刊)である。

 この本は、ロシアの思想家G.I.グルジェフの神秘宇宙論について書かれたものだ。なかでも、「エニアグラム」と「水素論」という2つの話に、とりわけ僕は興味を抱いた。それらを何回かに分け、このブログで紹介しながら、みなさんと一緒に考えてみたい。冒頭の疑問に対するヒントであるばかりでなく、あなたが人生を豊かに送るためにも、きっと役立つはずである。

 エニアグラムの「エニア」とはギリシア語で「9」、「グラム」は「図」を意味する。だから「エニアグラム」とは「9つの点を持った図形」という意味である。下にその図を掲載したが、まず円周を9等分した点に1から9まで番号をふり、3-6-9を直線(破線)で結んで正三角形を描き、それ以外の点を直線(実線)で、図のように左右対称に結ぶ。

 エニアグラムは、2000年も昔に「万物の本質を表わす象徴」として誕生し、イスラム教徒の一派に受け継がれた。そしてその後は門外不出の「秘伝」として扱われ、長きにわたり人々の目にふれることはなかったのである。

 ところが、今からおよそ100年前、グルジェフは旅先でエニアグラムに出会い、それを体得したのち、ヨーロッパに紹介した。現代においては、トヨタ、コカコーラ、ソニー、ボーイング、ヒューレットパッカードなどなど、世界の名だたる大企業が、おもに人事面でエニアグラムを活用している。

 では、エニアグラムから、いったい何がわかるのだろうか? 前出の『奇蹟を求めて』の中で、グルジェフは次のように語っている。

 「一般的に言えば、エニアグラムは普遍的シンボルであることを理解しなければならない。あらゆる知識はエニアグラムの中に含まれうるし、エニアグラムを使って解釈することができる。またこれと関連することだが、人間は、自分がエニアグラムにあてはめられるものだけを実際に知っている、つまり理解しているのだ。言いかえると、エニアグラムにあてはめることのできないものは理解していないということだ」

 つづけてグルジェフは、以上のことを要約する形で「エニアグラムは、人間のレベルと同じ数だけ異なった意味をもつ宇宙言語の基本的な象形文字なのだ」という表現をしている。

 僕はエニアグラムの研究家ではないので、そこから得られる知識はたかが知れているが、『奇蹟を求めて』の中に出てくる面白い例をひとつ紹介しよう。簡単な算数なので、おつきあい願いたい。

  1÷7=0.142857142857142857・・・・
  2÷7=0.285714285714285714・・・・
  3÷7=0.428571428571428571・・・・
  4÷7=0.571428571428571428・・・・
  5÷7=0.714285714285714285・・・・
  6÷7=0.857142857142857142・・・・

 上の計算式は、それぞれの数を7で割ったものだが、どれも割り切れない。でも、よく見ると同じ数がくり返されているのがわかる。たとえば「1÷7」ならば、小数点以下が「142857」の無限のくり返しであり、「2÷7」ならば「285714」のくり返しだ。ちなみに、こういう数のことを循環小数という。

 さて、下のエニアグラムに目を移してもらうと、たとえば「1」から出た線は「4」「2」「8」「5」「7」を通り、ふたたび「1」へと戻る。同様に、「2」から出た線は「8」「5」「7」「1」「4」を通り、「2」へ戻る。

 もう、おわかりだろう。エニアグラムは上の循環小数を、その中に指し示しているのである。しかも、上の6個の循環小数には、エニアグラムで正三角形を成す「3」「6」「9」は一度として出てこない。

 しかし、ここまで読んで、「でも、そもそも、なぜ7で割るのか?」と疑問に思う人もいるかもしれない。そこで、次回は「7」の謎解きでもある、グルジェフの「オクターヴの法則」について一緒に考えてみたい。



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第16回 「胎内宇宙」

 先日、犬の散歩がてら近所の日曜大工センターまで行った。店内にはペットショップも入っていて、うちの犬もそこで買ったのだ。「おまえ、ここで買われたんだよ」と店先で犬に話しかけてたら、ケージの中にいる黒っぽい子猫が目にとまった。子猫を見ながら、僕は18年前の姫ゆりを思い出していた......。

 撮影が終わって、みんなで事務所に帰ってきたあと、なんだかんだと僕らは雑談していた。そのうちに、姫ゆりが「おつかれさーん」という言葉を残して帰っていく。僕らは雑談を切り上げ、後片付けに取りかかった。すると、姫が戻ってきた。腕には黒っぽい子猫を抱いている。「この子、死んじゃうから、ちょっと場所貸して。看取るから」と言う。あまりきれいとは言えない子猫は、きっと捨て猫だろう。でも、もうすぐ死ぬ?

 僕の思いをよそに、彼女は「ちょっと見てて」と言ったまま、まだどこかに出かけていった。今度は手にハチミツを持って帰ってくる。お湯を沸かし、ハチミツを湯に溶いて、彼女は子猫に飲ませた。確かに元気がなさそうだが、子猫はハチミツを舐めている。けれども、その後まもなく死んでしまった。まさに彼女が言ったとおりに......。せめてもの手向けに、なにか美味しいものでも与えてやりたかったのだろうが、なぜ死期がこんなにピタリとわかったのだろう?

 チャネリングシリーズの「胎内宇宙」という作品で、僕は姫ゆりと延べ80時間あまりを一緒に過ごした。最初、彼女はこんなことを僕に話してくれた。

 「裏切りが多かったですよね。男性不信になっちゃって、もうこれ以上、男は要らないと思ったとき、自分がされたみたいに今度は反対に遊んでやろうと思ったんです。私、19のときに初めて赤ちゃんできたんですよ。産むつもりで7カ月まで待ったんですけど、籍入れてくれなくって。で、悩んでるうちに捨てられちゃった。お腹蹴ったり、ちゃんと名前つけたりして、産めると思って。7カ月といったら、ホントあと少しで生まれてくるのに......」

 堕胎のために入院したが、手術直前になって、彼女はやはり子どもを産もうと思い直し、院長に申し出るものの、もはや手遅れだった。中絶した赤ちゃんは男の子だったという。今なお彼女はそれを引きずっている。「信じられるのは、自分自身とお金しかない」と寂しそうに言った。

 「胎内宇宙」にはもう一人、織本かおりという女の子が出ている。織本は小さい頃から劇団ひまわりに入り、芸能界をめざしてきた。それ一筋に生きてきて、その間、男にだまされつづけ、もう男を信じていない。男を受け入れようと努力するが、彼女にとってのセックスは苦痛以外のなにものでもなかった。彼女がビデオに出るのは、そんな自分を変えたいという理由からだ。

 二人はこれまでの人生も、男への思いもよく似ている。男を憎悪し、自分さえも信じられなくなった二人が、真のオーガズムを体験したとき、すべてのしがらみから解放されるのではないかと、僕は考えていた。

 姫が男優の日比野達郎とセックスするのを、もうひとつのベッドの上で男優の山口賢二と一緒にいる織本に見せた。なかなかイケない姫を日比野がやさしく包み込んでいく。姫は快感を受け入れようとしながらも、深いところで拒み、自分の中で激しい対立を生み出しているようだった。そんなセックスを見ながら、織本は「怖い」「苦しい」と言い出した。僕は「抵抗しないで受け入れてごらん。山口君にすがってごらん」と伝えたが、織本はまるで自分がセックスしているように悶え、そして苦しそうにのたうちまわった。

 次は逆に、織本と山口のセックスを姫に見せた。織本がアソコを舐められると、姫の腰が動き出す。そして織本が感じてきて「怖い」と叫ぶと、姫も泣きながら、もがきはじめた。ところが、織本が恐怖よりも少しずつ快感がまさってきたとき、姫は「気持ちいいっ!」と言い出したのだった。


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 終わって、僕は姫に言った。「初めて気持ちよくなったな。今までオチンチン入れても気持ちよくないのに、オチンチン入れないで、なんで気持ちよくなるのよ? それがわかったら、すべてが解決するよ」。彼女は「わかんないよ、そんなのぉ」と言ったが、前とはまるで別人のように明るい表情をしている。

 日比野が「でも、中に入ってて、気持ちよかったんでしょ?」と訊くと「うん」と答える。「何が入ってたんだろうね?」と日比野。「何かね......」とはっきりしない。「セックスしてたんだよね?」。「うん、してた」。そんな二人の会話を聞きながら、僕は彼女に「姫は今まで男を憎んでいるから、男の人が重なってくると、気持ちよくなくなるのか。男の人が重なってこなければ、ただ気持ちよくなるのか」と言った。そして続けて「でも、気持ちいい男の人のモノが入ってきたっていう感じはあるんだろ。受け入れられるようになったじゃない」と言うと、姫はうれしそうに微笑んだ。

 織本には「男を恨むことをやめようと思っても、やめられない。そうしたら、男に甘えるなり、明け渡すなりすると、結果的に恨むことが存在しなくなるから。君が徹底的に甘えたとき、きっと愛になってるよ」と言った。彼女は黙ってうなずいた。

 その後、二人はそれぞれの男優とセックスをし、初めてのオーガズムを体験する。そのときに姫の言った感想が「男って私。きょうまで私は自分を敵にまわしていた。男の人も女の人も、私なんだ。私だから一体になって当然なんです」であった。

 この作品の姫と織本のように、一方が感じていると、なにもされていないもう一方が同じように感じたり、ときにはそのまま失神してしまうという現実を、僕は現場で何度も目の当たりにしてきた。これは、いったいどういうことなのか? 彼女たちに何が起こっているのだろうか?

 そしてオーガズムを体験した女の子たちは、たとえそれまでは「わかんないよ、そんなのぉ」と言っていた子も、まるで悟りの境地に達したような感想を僕に聞かせてくれる。なぜだろう?

 冒頭で書いたように、この撮影のあと、姫は子猫の死期を感じ取っていた。以前このブログの「母性のスイッチ」という話で書いた新田利恵は、出演したアーティストの中に幼子が見え、僕の中にも3歳の僕を発見している。母性が開花すると、なぜこういうことが起きるのか?

 僕には僕なりの仮説めいたものはあったものの、人にうまく説明できないでいた。まぁ、べつに人に説明しなくてもいいのだが、それでも雑誌の取材を受けたときなどには、やはり困るのである。そしてそれ以上に僕自身の中で、この現象を解明してみたいという思いがどんどん強くなっていった。

 ちょうどそんなときである。書店で僕は一冊の本と出会った。1998年11月のことだ。そこに書かれていることを読み、僕は「なるほど、こういうことだったのか」と納得した。

 次回からは、このブログで、それをみなさんに伝えられたらと思っている。

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第16回 恥じ入る心

 自分に自信を持ち、堂々としている人は輝いて見える。そういう人は、一見、押しも強そうである。

 ところが、押しの強さや自分を前へ向かわせる推進力というのは、いわば2つある極の片方であって、問題はむしろ推進力の対極にある、もう一方の極ではないかと思うことがよくある。

 たとえば、就職して営業部に配属されれば、売上の目標が待っている。お客さんに商品なりサービスを買ってもらわなければならないわけで、上司からは「いちいち相手のことを考えていて仕事になるかっ! そんなのはプロじゃないよ」って言われるかもしれない。僕らだったら「女の子をそこまで可哀想だと思って監督ができるか」みたいな。

 でも、これって本当にそうだろうか?

 アメリカはフロンティア・スピリット(開拓者精神)の名のもとに拡大政策を取りつづけてきた。それは西部開拓時代にとどまらず、グローバル化が所詮は世界のアメリカ化であったことを見てもわかるように、彼らはずっと拡大を目指している。要するに、イケイケ大好きなのだ。そして、おかしくなった。

 以前、このブログでアユトン・クレナックの言葉として書いた「直線的な進歩」というのが、まさにこれである。「ノリノリ」の「イケイケ」だけでは、やがてバーストしてしまう。

 では、推進力の対極とは何であろうか? 僕は「恥じ入る心」ではないかと思うのだ。欧米の「罪の文化」に対して、日本は「恥の文化」と言われるが、マンションの耐震構造をはじめ、食料品の賞味期限や原材料表示や産地等々、いろんなものの偽装が、ここ数年で、これでもかと言うくらい噴出した。

 恥じ入る心とは、自分をふり返る力でもある。前に進み、そしてふり返る。この2つは、どちらも必要だからこそ両極なのである。

 むかし、ある和尚が説教のなかで「人の前で堂々とオナラをしろ。一人でオナラをして恥じ入れ」と言った。

 ふつうは逆で、だれもいない所なら堂々と屁もできるが、人前ならば恥ずかしい。ところが、この反対をしろと和尚は言う。つまり、前者は押しの強さや推進力であり、後者は恥じ入る心を言っているように思われる。どちらか片方だけではダメで、そのバランスが大切なのだと。

 人は自分に自信がないと、保守・保身・防衛・防御にエネルギーを使う。そんな状態で「恥じ入れ」と言われても、土台無理な相談である。その意味では、恥じ入ることができるのは、真に自信を持った人だけなのかもしれない。

 余談だが、イケイケの女の子がセックスで悦びを体験すると、恥じらいが出てくる。僕はカメラをのぞきながら、つい「うわっ、いい女だなぁ」と溜め息が漏れる......。



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第14回 生き残るためには、どうすればいいのか?

 個人も、会社も、そして麻生総理も、みんな生き残りに必死な世の中である。いったいどうしたら生き残れるのだろう......ということを今回は考えてみた。

 僕がピンク映画で駆け出しの助監督をしていた頃の話だが、崖の上から女性が突き落とされるシーンの撮影があった。当時は今みたいなSFXもないし、本当の人間を突き落とすわけにもいかないので、海に落ちたのは人形である。もっとも、借り物だからそのまま捨てて帰るわけにもいかない。荒れ狂う海に人形を取りに行く......それが助監督である僕の役目だった。

 伊豆・城ヶ崎の冬の海に、僕は飛び込んだ。やっと人形をつかまえ、岸に折り返そうと体勢を変えたそのとき、体が一気に持ち上げられた。眼前の岩に叩きつけられると思った瞬間、今度は海中に引きずり込まれていた。岩場の波は不規則だ。二度三度と波は襲ってきた。崖の上で見ていた監督や他のスタッフたちは、もう助からないと思ったらしい。

 僕は波に呑まれるたびに、体の力を抜き、海面に浮くのを待っては泳ぎ、岩場から離れた。海面に浮くまでの感覚は、子どもの頃によく遊んだ、川に投げ込まれたときに浮上する、あの感覚と同じだった。子ども時代の体験を通して、体が覚えたコツ。無意識はちゃんとそれを覚えていた。

 多少泳げる人でも、海中でパニックになれば、あわて、もがき、水を飲む。水を飲めば、パニックは増幅し、さらにあわて、もがいて、溺れてしまう。僕が助かったのは、荒れ狂う波にあらがうのではなく、全身の力を抜いて、自分の体が浮くのを待てたことに尽きるだろう。

 話は前後するが、ピンク映画に入る前に不良をしていた頃、僕は命を捨てる覚悟を何度かした。小倉、別府、島根、豊橋、広島、函館と、思い起こしただけでも、これだけある。いずれも奇跡的な決着と和解が訪れた。

 不良をやめて10年ほど経ったある日、九州で対立していた組織の会長と偶然出会った。それをきっかけに、彼が上京したときには会って話をするようになった。対立時代のこともお互い懐かしい昔話として語り合う間柄になったある日、彼は僕にこう言った。「あんたんとこ、何人埋めたね?」

 僕は大笑いした。人を殺して埋めたことなど一度もない。だが、彼がそう思う理由はわかっていた。僕の所属していた組織が、それほど過激な不良集団だったからだ。そのなかでも、引くことを知らない僕が今こうして生きていること自体奇跡だと、昔の知り合いは言う。たしかにケンカのとき、助かろうと考えたことは一度もなかったように思う。

 このブログでも何度かふれた日活ポルノ裁判では、その裏側でいろいろなドラマが繰り広げられた。

 裁判にかけられた4作品のなかに、僕がプロデュースし、U氏が監督した作品があるのだが、監督であった彼は、摘発後の取り調べにおいて僕とはまったく逆の行動を取った。つまり、妻や娘たち家族のためにも、犯罪者のレッテルを貼られない道を選んだのだ。もちろん彼の気持ちは僕にも痛いほどわかる。

 彼の社会的な生き残り策は、功を奏したかに見えた。取り調べを受けた4人の監督のうち、彼だけは起訴されなかったのだから。

 ところが、摘発からおよそ2年後、皮肉なことに彼は"検察側の"証人として法廷に立つはめになってしまった。警察の取調室という密室でしゃべったことが、聴衆の面前で白日の下にさらされるという、彼にとっては人生最大の誤算と向き合うことになったのだ。

 才能に恵まれた監督の言葉とは思えない、自己否定にもつながる彼の法廷での証言は、9人の被告全員を一気に不利な立場へと追い込んだ。

 しかし同時に、裁判を傍聴した映画評論家たちが「キネマ旬報」などの雑誌で論評したことから、彼の一件は世間に知れ渡ることとなり、信念のない監督として、彼は映画業界から見放される結果を招いてしまった。結局のところ、彼は猥褻(わいせつ)事犯立件の道具として、検察側に都合よく利用されたばかりか、いちばん守りたかった家族さえも失ってしまったのだった。

 僕には、はなから守るべき社会的立場のようなものがないというのもあったが、それ以上に、売られたケンカは買うしかないと思っていた。たとえそれが国家権力を敵にまわしたケンカであったとしても。

 摘発から9年後、高裁の無罪判決に対して、検察側の上告断念で、このドラマは幕を閉じた。その後、U氏とも和解し、酒を酌み交わすことができたのが、せめてもの救いだった。

 裁判が終わってまもなく、僕は日活の下請けをやめた。裁判終結と同時に、日活には僕に対して果たさなければならない、ある義務があったのだが、その約束は無視された。当時、日活との縁を切るのは、自ら収入の道を断つことでもあったけれど、約束を簡単に反故(ほご)にしてしまうような会社とは、もう一緒に仕事をしたくなかった。

 アダルトビデオを撮るようになったきっかけは、「愛染で一本撮ってみたら?」という、長年コンビを組んできたカメラマンのそんな一言からだ。新たなステージというのは、こんな形でやってくるものなんだなぁと今さらながら思う。

 生き残るのが大変な世の中だからこそ、その対策をあれこれ考え悩むのは当然かもしれない。けれど、策士、策に溺れるというのもある。僕自身は生き残ろうとしなかったからこそ、生き残ってこられたという実感がある。問題の渦中から一度離れてみないと、自分の置かれている状況などわかるはずがない。そしていったん手を離さなければ、次なるものはつかめないのだ。

 しがみつくな。手を離せ。力を抜け。そして時と場の流れに乗れ。絶体絶命のピンチとは、自分を信じて自分を解放してやる絶好のチャンスでもある。



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