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第290回 臨死体験


 臨死体験とは、心停止に陥った者が蘇生するまでの間に体験した出来事である。死んでしまった人から話は聞けないけれど、死の淵から戻ってきた人ならば“向こう”の様子が聞けるという意味で、臨死体験は“死後の世界”を知る手がかりになると見られている。

 むろんほとんどの科学者は死後の世界を認めるはずもなく、臨死体験は脳内現象(脳が生み出す幻覚)にすぎないという見解が大勢を占める。

 僕は中学の頃、冬に氷の張った用水プールに飛び込んだ。まわりから煽られての度胸試しみたいなものだが、軽率としか言いようがない。案の定、僕の体には異変が起きた。一瞬頭が痛いなぁと思ったらフーッと視界が狭まり、風景がモノクロになっていくとともに暗くなる。そして意識がなくなった。見ていた友人たちが僕を引っぱり上げ、代わる代わる背負って病院まで走ってくれた。その途中で僕は意識を取り戻した。

 結局、医者には診てもらってないので、はっきりしたことはわからないが、おそらく心臓麻痺を起したのだろう。意識を失うとともに心肺も停止していたかもしれない。だとすれば、友人に背負われ走って運ばれることが心臓マッサージと似たような効果をもたらしたのか……。

 僕のケースが臨死体験にあたるか否かは微妙だが、臨死体験にはいくつかの共通した特徴が見られる。そのひとつに「トンネル体験」がある。これはトンネルのような筒状の中に入ってゆくというものだ。僕の場合も視野が狭まっていったから、とらえ方によってはトンネル体験と言えなくもない。

 立花隆著『臨死体験』(文藝春秋、1994年刊)には、ワシントン州シアトルの小児科医メルヴィン・モース博士へのインタビューで、トンネル体験について博士が語ったこんな記述がある。

 〈「これも神経学的に説明がつくんです。(中略)人が死にかかると、後大脳動脈という後頭葉に血液を供給する血管の血流が減少していきます。すると、後頭葉というのは視覚を受け持っているところですが、その機能がどんどん失われていって、視野が狭くなるという現象が起きます。その結果トンネルの中から外を見る感じになる。これがトンネル体験です」〉

 つまり脳内現象だという話だが、たしかに僕のケースは博士の説明が当てはまる。冷水の中で心臓麻痺を起こして死にかかったとき、僕の後頭葉の血流は減少していったのだろう。

 ところが、臨死体験においてはトンネルの先があるケースのほうが多いのだ。たとえば行く手にまばゆい光が見え、トンネルを抜けるとそこは花たちが自ら光を発しているかのごとく色鮮やかに咲いている世界だったというように……。これは視野が狭窄していく後頭葉の血流減少では説明がつかない。

 このほかにも臨死体験の特徴としては、意識が体から抜け出すのを感じる「体外離脱」がある。たとえば手術中に心停止に陥った患者が体外離脱して、上から手術中の自分を見降ろしていたというケース。視覚も聴覚も断たれていたはずの患者が執刀医や看護師の会話や行動を、蘇生後、細部にわたって正確に語って聞かせたという例はいくつも存在する。

 ほかには「人生回顧(ライフレビュー)」と呼ばれるもの。自分の一生を走馬灯のように見るという体験だ。すでに本人が忘れているビジョンも出てくるという。

 「亡くなった家族との再会」。臨死体験で出会うのは現在生きている人よりも亡くなった人が多く、友人知人よりも家族や親戚など血縁者が圧倒的に多い。たとえば、死んだおばあちゃんから「あんた、まだ早いよ。帰んなさい」と言われたりとか……。もしも脳内現象だとしたら、出会う人もその時点で記憶がいっそう鮮明な、生きている友人や恋人の比率が高まるはずじゃないかという疑問が残る。

 “向こうの世界”にいるときには、心の安らぎや今まで味わったことのないような幸福感を得ることが多い。そして体験の前と後では本人に変化が起こっていることも報告されている。それはいわば “気づき”とでも言うべきもので、いろいろなものを覗いたがゆえに理解してしまったという感じなのだ。実際、臨死体験後は生き方そのものがポジティブに変わったと言う人がたくさんいる。

 臨死体験とは、オーガズムに似ているのである。


(つづく)






Aito-sei-long

第289回 死に直面すると


 事務所のスタッフから「監督は若いとき、死に直面したことがたくさんあると思いますが、実際、その場に臨むと何を思うものですか?」と訊かれた。

 不良をしていた頃、死を覚悟したことが何回かあった。そのとき何を思ったかという質問だが、一例をあげれば山陰でストリップの興行を打っていたとき、とある組織の邪魔が入った。

 今ならストリップ劇場という専用のハコがあるけれど、当時はその日の上映が終わった映画館を借りてストリップを見せていた。その地で興行を仕切る組とは事前に話をつけておくわけだが、その組よりも対抗する組織のほうが大きかった場合には厄介なことが起きる。

 山陰の映画館に乗り込んできたのは15~16人はいただろう。こっちは僕を入れて2人。日本刀で応戦した。しょせんは多勢に無勢なのだけれど、殺されずにすんだのは場所が映画館だったのが大きい。椅子が固定されている。だから相手は右か左から来るしかないが、2人が刀を振り回していれば、そうそう近寄れるものでもない。加えて、相手も飛び道具を持っていなかった。

 そうこうしているうちに、ある県会議員がやってきて間に立った。そして結果的に事なきを得たのである。一歩間違えば死んでいたわけだが、死に直面してどう思ったかといえば、べつに恐怖は感じなかった。もちろん逃げ出したいとも思わない。目の前のことに手一杯で何かを考える余裕がないというのもあるけれど、それだけではなかったように思う。

 死に対する本能的な恐怖というのはみんな持っているものだが、それ以上に恐れるのは、親兄弟や子どもといった愛する人や近しい人ともう会えなくなることではないだろうか。当時、家族もいない僕には、そういう失うものが何もなかった。自分の将来に夢や希望があるわけでもなく、心のどこかでいつ死んでもいいやと思っていたのである。

 ところが、カタギになって、結婚し、子どもも生まれて……となれば、そんな僕にも失うものができた。ここに来て死を覚悟したのは、うつのときだ。どんどん体力が落ちてゆく。このまま行けば、あと半年持つかなぁと思っていた。なので自分の墓も買った。死への身づくろいを始めたのだ。

 家族や友人と会えなくなる寂しさは感じたものの、それでも死への恐怖は不思議となかった。生命力が低下すれば思考力も当然落ちるわけで、それも多少は影響していたかもしれない。いずれにしても、そのとき僕は抗(あらが)うことなく自分の死を受け入れるつもりだった。

 若い時分から数々の修羅場をくぐってきたので肝がすわっていた――というわけではない。死とは完全に自分がいなくなることではなく、肉体を離れるだけで、死後も意識なり魂は生き続けるだろうと思っていたからだ。そう思うに至った理由はいくつもあるけれど、本で読んだり目の当たりにしたり人から聞いた「臨死体験」もまた、そのひとつである。次回はこの「臨死体験」について書きたいと思う。





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第288回 コミュニオン


 たとえば、小さな子どもが転んで泣き出したとしよう。そのとき一緒にいる母親の反応を3タイプあげてみる。

 母親Aはとっさに泣いているわが子を抱きしめる。といっても、抱きしめたほうがいいと考えてそうしているわけではない。思わず抱きしめてしまうのだ。泣いている子のつらさとか、転んだときの痛みとか、そういうものを瞬時に彼女は共有する。子どものほうはスキンシップによる安心感を得る。

 母親Bは転んで泣いている子に「どこ、ケガしたの? 擦りむいたのね。お家に帰ったら消毒してあげる」と語りかける。でも子どもは起きようとしない。「痛いの? 歩けるでしょ?」まだ起きなければ「そんなとこで横になってたら歩く人の邪魔よ。ほら、みんな見てるわよ」。やっと子どもは起き上がる。

 イライラしていたり、精神的に余裕のない母親Cならば、「泣くんじゃない、そんなことぐらいで!」と突き放してしまうかもしれない。突き放された子どもはいっそう泣き出すけれど、そのまま一人置いていかれるのも不安なので、泣きながらでも立ち上がり、母親のあとを追うことになる。

 ちょっと話は変わるけれど、先日「愛と性の相談室」に見えた奥さんは、夫婦仲はよく日々会話もあるようだが、ただセックスにおいてはダンナさんが途中でダメになったり、ダメにならずとも射精まで行くことはないという。奥さんにしてみれば、よほど自分に魅力がないのかと不安になる。実際、行為中に泣き出したこともあるそうだ。ダンナさんは「気にすることはない」と言う。意を決してダンナさんと議論してみても、ケンカにもならなければ、解決にも至らないのだと……。

 で、今回何が言いたいかというと、「コミュニケーション」と「コミュニオン」の違いである。「コミュニケーション」は説明する必要などないほど、そこかしこで使われている。監督面接で会う女の子たちの中には「セックスもコミュニケーション」と言い切る子も少なくない。言葉による意思疎通をコミュニケーションと呼ぶことには何の異存もないけれど、セックスもコミュニケーションだと言われると、僕にはちょっとだけ違和感がある。

 一方、「コミュニオン」のほうは「コミュニケーション」ほどポピュラーではない。キリスト教ではよく使われるみたいだが、『新約聖書』に出てくる「コミュニオン」には「交わり」とか「一致」という訳があてられていると聞く。

 さて、この2つの言葉について、その違いも含めてラジニーシが端的に指摘しているので紹介しよう。バグワン・シュリ・ラジネーシ著『存在の詩』(スワミ・プレム・プラブッダ訳、めるくまーる社、1977年刊)からの引用である。

  〈世界中のあらゆる神秘家たちが
  コミュニケーションということに関する限り
  常に無力を感じてきた
  コミュニオン〈交合〉は可能だ
  しかしコミュニケーションは駄目だ
  まず第一にこのことが理解されなくてはならない
  コミュニオンは全く別な次元に属する
  ふたつのハートが出会う――
  それは〈情事〉だ
  コミュニケーションは頭と頭
  コミュニオンはハートとハートだ
  コミュニオンはフィーリング
  コミュニケーションは知識だ
     (中略)
  あなたが絶頂の瞬間を
  エクスタティックな瞬間を知ったとき
  それを言葉で語ることは不可能と化す〉


 つまり、「コミュニケーション」は主に「思考」が主導権を握っているが、「コミュニオン」のほうは「感情」の領域であり、感じ合う世界である。そこでは相手との一体感が生まれ、至福が訪れる。

 さて、冒頭に書いた3人の母親の反応について思い出していただきたい。感情が表われていたのはAとCだ。ただし感情は感情でも、Cの場合はイライラをぶつけていたわけだから、一体感とは真逆の状態。コミュニオンは、とっさに抱きしめたAである。

 それに対して、Bは思考で対応しており、こちらはコミュニケーション。言っていることはどれも正しいけれど、そのときの子どもの感情と正面から向き合ってはおらず、論理的に諭し、説得している感じだ。子どもとしては到底その場で反論などできるものではない。

 では、「愛と性の相談室」に見えた奥さんの場合はどうだろう。ダンナさんはBタイプのしっかりしたお母さんに育てられたのではないかと僕は想像している。奥さんが困って相談すれば、解決に至るための選択肢をいつも論理的に提示してくれる夫。彼自身、きっと人生の難題は頭脳によって切り拓いてきたのだろう。そして、そんな夫を奥さんも頼もしいと思って見てきたはずだ。

 けれども、ことセックスに関してはそれが当てはまらないんじゃないかと気づく。生じたギャップは、ほかのことのように理路整然と説明されても最後まで埋まらない。なぜならば、奥さんはコミュニオンのほうを求めているのに、ダンナさんはコミュニケーションで応じているから……。コミュニケーションでは、「ふたつのハートが出会わない」のである。






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第287回 ケンカした翌朝の「おはよう」


 僕も女房も感情オクターヴ系である。だからケンカはしょっちゅうする。しかもぶつかり合うときは激しい。人様にはとても聞かせられない言葉の応酬。それを言っちゃあお終いだよ――ということをお互い何度も口にした。

 でも、バトルが終わって冷静になると、さすがにオレも言い過ぎたかな……とちょっと反省したりする。とはいえ、あれだけ言い争った後である。こっちから「ごめんね」とは言いづらい。素直になれないのだ。

 翌朝目が覚めて、自分の部屋からリビングへ向かう。足も重けりゃ気も重い。キッチンには女房の後ろ姿。僕が起きてきたのに気づいて、女房がふり返る。「おはよう」。まるで何事もなかったかのような、いつもと同じ言葉が飛んでくる。ぎこちなさは微塵もない。自分の妻ながら、勝てねえなぁと思う。

 毎回そうである。たまには先手を打とうと思うけれど、僕にはなかなか言えない。では、女房はなぜ言えるのだろう? 僕と同様、感情的になったら止まらないものの、きっとその後の切り替えが早いのだ。瞬間瞬間に生きている。

 どうしてそういうふうに生きられるのか? それは自分の中にネガティブなものを溜め込んでいないからではないだろうか。溜め込んでいれば、現在の怒りが呼び水となって、過去に中和されていない感情までが溢れ出てくる。

 女房の故郷は北海道の夕張。山の中である。兄弟6人の長女。厳しい自然の中で、親子兄弟、力を合わせ、助け合いながら育ってきた。両親の愛情もたっぷり注がれたことだろう。だから、幼い頃に負ったトラウマはなく、どこまでもポジティブである。

 そういえば、娘たちが小さい頃、学校から帰ってきて「ああ、きょう疲れた~」って言うと、女房は決まって「疲れたんじゃなくて、がんばったんでしょ? なら、『きょうはがんばった』って言いなさい」と繰り返し言っていたものだ。

 一方、僕のほうは3歳のときに母が亡くなって、親戚の家を転々とする。父はいたが、仕事の関係で家を離れなければならなかった。親戚の家で虐待されたとか、いじめられたということはないけれど、子どもなりに気をつかいながら生きてきた気がする。なので、屈折したものが僕の中にはあるのだろう。

 男も女も一緒になるまでは、互いにいいところを見せている。ところが、結婚すればそれまで見せなかった部分が知らず知らずのうちに出てくるわけで、棘の刺し合いになることだってあるだろう。

 むかしは大家族だったし、地域自体1つの家族のようでもあったから、とことん愚痴を聞いてくれたり、厳しくもあたたかく諭してくれる人が何人もいた。でも、今は手を差し伸べてくれる人がまわりにいない。だから、いきなり弁護士と「慰謝料いくら取れるか」の相談になったりする。

 ネットを見れば「夫婦円満の秘訣」について書かれた文章がいくつも出てくる。それらを読むと、やっぱり努力を求めているように感じてしまう。努力はつらいし、どこかで途切れる。そして努力した分の見返りを気づかぬうちに求めてしまう。女房と連れ添って46年になるが、僕らはうまくやろうという努力はしてこなかったように思う。

 お互いに仕事や趣味など、好きなことをしてきた。自分が好きなことをしているわけだから、相手の好きも尊重する。そうするとストレスは溜まりづらいが、それでも腹が立てば溜めずに全部出してしまう。「円満の秘訣」には「ケンカもときには必要」的なくだりもあるが、なにも必要だと思ってケンカするわけではない。気づいたら言っちゃってるだけである。そして今は、庭いじり花いじりが夫婦共通の趣味になった。もちろん主導権は女房が握っている。





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11月6日(木)、全46タイトルに増えました!


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