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第190回 好きなのにイケない悩み

 先日、「愛と性の相談室」で会った女性(30代・既婚)の話である。彼女からの相談内容をまとめると、「なぜセックスでイケないのか? ダンナのことが大好きなのに、どうしてすべてをゆだねられないのだろう?」というもの。

 ビデオに出る主婦で、夫のことが「好きじゃない」、もっと言えば「嫌い」と言う人もそれなりにいる。そういう奥さんが、夫とセックスしても「イケない」「自分を明け渡せない」と言うのなら、まぁ、そうだろうなぁと思う。

 けれども、相談に来られた女性は、ダンナさんを愛していて、2人いる子どもたちのことも大好きで、家庭はうまくいっているようだ。そんな彼女に言った僕の結論はちょっと置いておくとして、彼女が「イケない」「すべてをゆだねられない」原因から、まず見ていくことにしよう。

 会った印象としては、感情がスムースに出てくるし、明るく、前向き。しいて言えば、艶(つや)っぽさがやや足りないくらいか。性格は真面目で、自分を律している人だなぁと思った。もっとも、真面目で前向きだからこそ、「なぜイケないのか、どうしたらイケるのか」という点に自分の関心が絞り込まれているのかもしれない。

 彼女は僕のブログも読んでいるようで、あるとき、セックスでダンナさんの目を見ていないことを知る。これじゃイケないよなぁと思い、次からは目を見るようにしたのだが、どこかで逃げてしまうというか、うまく見られない。

 彼女はこうも語った。「ダンナの目をちゃんと見られなかったとき、そういえば、私ずっとお母さんの目を見てなかったなぁというのを思い出したんです。小さいころ、お母さんの目が怖かった」。「たとえばどういうときに怖いと思ったの?」と訊くと、「『おかあさーん』って甘えたときに、『なに』って上から見る、そのときの目が」と言う。

 ここをもう少し掘り下げようと僕は思った。彼女は3人兄弟のいちばん上だという。ことあるごとに「お姉ちゃんだから」と言われて育った。だからいつも自分を抑えていて、わがままを言いたくても言えない。唯一「お姉ちゃんはお利口さんね」と言われるのが歓びで、お母さんの期待に応えようとする自分がいた。僕が「もっとお母さんの愛情が欲しかったし、甘えたかった。でも、甘えられなかったんだね」と言うと、彼女は泣き出した。

 子どものころ本当に言いたいことを言えなかったのが、いま夫にも言えてないなぁというところにつながっているのだと彼女は気づいていく。これまで"甘えるレッスン"をしてこなかったのだ。「だからセックスのときにも、本当に言いたいことが出てこないんでしょうね」と言う彼女に、僕は「そこに気づくだけでOKだと思いますよ」と言った。

 念のために彼女に訊いてみた。「正直なところ、ダンナさんとのセックスは苦痛なの? それとも義務だったりするのかな?」。彼女は「いえ、感じるし、幸せなんですけど……」と言う。そこで僕はこんな話をした。

 「作品の中でイクことにこだわった時期がずっとあった。でも、あるときから、イクことにこだわるあまり、いちばん大切なものをオレは取り逃がしてるよなぁと現場でつぶやくようになったんだよね。2人がつながれて『幸せだなぁ』と感じること。それが大切なのであって、イク・イカないは二の次だと思う。だから、あなたはまったく問題ないですよ。いや、理想的だと思う」。

 翌日、彼女からお礼のメールが届いた。〈昨日は相談させていただいてありがとうございました。帰り道、なんだか気持ちが軽く、なんだかニコニコしてしまいました。本当にありがとうございました〉

 彼女に語ったことに嘘はない。もちろん同情や慰めなどではない。イクことにこだわり、心が満たされないまま快感だけを追い求めれば、人はいつしか快楽の奴隷になっていく。いまいるセフレが何十人、体験人数が何百人と増えつづけても、その延長線上にオーガズムはない。オーガズムは、心を満たす「幸せ」という名のレールの先に待っているのだ。相談に来た彼女の中で、イクことへのこだわりがなくなれば、それは起きるかもしれない。彼女はいちばんいいレールに乗っているのだから。



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第188回 いつしか心を置き忘れて

 僕が不良をしていた頃、憧れたヤクザの親分がいた。名を保良浅之助(ほら・あさのすけ)という。篭寅組(かごとらぐみ)初代にして衆議院議員となり、勲四等も受けている。とはいえ、僕が憧れたのは、彼が政治家になったからでもなければ、勲章をもらったからでもない。

 「カタギに嫌われて大親分になった人間はいない」と言われるけれど、保良浅之助は自分の身の程を知り、地に足のついた生き方を貫き、他者に貢献する歓びを知っていた。「そんなヤクザが本当にいるのか?」と思う人がいるかもしれないが、本来「任侠」とは、困っている人がいれば、あるいは手助けを頼まれれば、放っておけず、その人を助けるために体を張るということである。

 弱い者いじめはいかんし、カタギに迷惑をかけてはならん。俺たちは裏街道を歩いてるんだから、それにはそれの生き方があるだろうという思いをヤクザは懐(ふところ)に持っていた。だから「カネのために」というのが、かつてヤクザにとってはいちばん恥ずかしいことだったのだ。

 それがいつしかヤクザも経済原理で動くようになる。義理や人情などと言っていたら時代遅れと笑われる。なぜ「任侠」より「経済」を優先するようになったのか……。それはやはり縄張り争いが大きな要因だっただろう。昭和30年代から40年代にかけて、山口組が全国制覇に向け、各地の組を傘下に収めていった。他の主だった組織も連合を組むなり、それに対抗してゆく。抗争となれば道具も必要になるしカネが要る。

 昭和30年代から40年代といえば、日本の高度経済成長期と符合する。心よりも経済的なものが価値を持ったのは、なにもヤクザだけの話ではなく、日本全体が心をどこかに置き忘れていったのだ。

 時代は変わった。暴力団対策法が改正になり、暴力団排除条例も各都道府県で施行された。ヤクザの銀行口座は凍結され、ローンも組めなければ、賃貸物件も借りられず、食事や葬儀でさえ、団体では受け付けてもらえないという。

 もっとも、一般の人たちからすれば、ヤクザがいくら追いつめられようと困ることはないし、むしろ撲滅にでもなれば平和な社会が実現できていいじゃないかと言う人も多いはずだ。だが、僕はちょっと違う。オモテがあれば必ずウラがあるように、いくら追いつめても、きっとヤクザはなくならない。

 社会からはみ出し、ヤクザでしか生きられない者たちがいる。彼らが更生するための受け皿も作らないまま、ただ追いつめていくだけでは、手段を選ばず何としても生き残ろうとするに違いない。そうして巧妙に地下に潜っていく。組織に名をつらねず、自分たちは直接手も下さない。むろん警察とのパイプラインも断たれる。きっと現場の人間はわかっているはずだが、それは警察が自分たちの首を絞めているようなものだ。

 また、一部の組織は警察の思惑どおり壊滅状態になるかもしれない。しかし、それでも人は残る。親でも手に負えない連中を、今度はいったい誰が束ねていくというのか。それまで背負っていた「代紋」という抑止の外れた彼らは本当に危ない。

 それだけではない。外国のマフィアたちは「日本ほどオイシイところはない」と言っている。日本のヤクザが弱体化すれば、彼らは今まで以上に日本で好き勝手をし、裏社会を席捲(せっけん)していくことになる。不法入国者たちを手足のごとく使い、日本人とは考え方もやり口もまったく異なる彼らと警察はどう向き合うつもりなのか。

 僕はヤクザを単に擁護したいと思っているわけではない。ヤクザが生き残っていくにはもう一度「任侠」に立ち戻る必要があると思う。損得抜きで彼らが動けば、マスコミも最初は黙殺するか、「利権目当て」とか「売名行為」としか言わないかもしれない。だが、心を置き忘れた時代だからこそ、必ず見る人は見ている。ヤクザがヤクザとして生き残るには地域との共存しかない。

 一方、警察権力は、たとえばパチンコの景品交換といった、それまでヤクザのシノギだった諸々を横取りして太らせ、そこに自分たちの天下り先を確保するのではなく、本当の意味で住みやすい世の中を作っていってもらいたいと思う。



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第187回 気づかないうちにあなたは催眠に入れられている!

 先に書いてしまうと今回は「自己催眠(自己暗示)」がテーマなんだけど、催眠に関心がある人にも、まったくない人にも、同様に関係のある話である。

 僕の友人のジャイアント吉田さんは、現在、日本催眠術協会の理事長をしている。長年、催眠の研鑽(けんさん)を積んだ彼が言う。「自己催眠は、他人に催眠を入れてもらうより3倍難しい」と。

 吉田さんの自己催眠に関するレクチャーの中で、レモンを使ったものがある。最初に受講者は自分自身に「レモンは甘い」という暗示を入れる。暗示が入ったら、次に実際レモンをかじる。しかし、多くの人が「甘いかなぁ? ホントに効いてるのかなぁ?」と今ひとつ確信が持てないのだそうだ。

 そこで吉田さんは「はい、すべての催眠が全部解けます!」と言ってポンと手を叩く。みんなは「うわぁー酸っぱい!」と、そのときになって初めて「ああ、自分はできてたんだ」と気づくという。

 つまり、自己催眠の難しさとは、なかなか催眠に入らないということではなく、入ったかどうかが自分ではわからないという難しさなのである。

 さて、ここからが本題なのだが、先にひとつだけエピソードをお話ししておこう。今から40年前、僕は日活の下請けの仕事をしていた。日活側の窓口は2人いた。ここでは、仮に「Aさん」「Bさん」としておく。Aさんは僕より2つ上、Bさんは僕より1つ上。

 同世代で、当時まだ30代と若かった僕らは、発注者と下請けという関係を超えて、プライベートな話もする友達のような存在になっていった。3人とも結婚していたが、Aさんはけっこう女遊びもしていて、映画のスタッフたち20~30人で海に出かけるときには彼女をつれてきたりした。Bさんは女遊びも浮気もしなかった。

 「おい、たまには風呂(当時のトルコ風呂)でも行こうよ!」という話になっても、Bさんは「いや、病気が怖いよ」と言う。これは仕事の面でも同様で、「これは客にはどうかなぁ……」と作品の欠点のほうに先に目が行く。一方、Aさんからは「俺は面白かったよ!」とよく言われた。彼は何事も笑い飛ばして済ませてしまう。

 僕から見て2人は絵に描いたように対照的だった。Aさんはいつも明るかったし、能天気だったし、ときには無責任で、わがままだったりもした。Bさんは真面目で、自分を律していたし、まわりの空気も読んだが、ハメは外さなかった。

 ロマンポルノが打ち切りになると、2人とも日活を自主退社する。Aさんは出身大学に帰って事務方のトップに就き、最後は理事長にまで昇りつめた。Bさんは制作プロダクションを立ち上げたものの、腎臓を患(わずら)い、週3日の透析を余儀なくされた。体と相談しながらではプロダクションの運営も大変だったことだろう。

 AさんもBさんもすでに他界されているが、知り合ってから40年という歳月のなかで、2人の人生はどんどん開いていったように僕には見える。見えるのは外側だから、心の内まではのぞけないけれど、Aさんはきっと充実した人生だったろうなぁと思う。それにひきかえ、Bさんの晩年はやはり寂しく感じてしまう。

 大学の理事長が幸せで、プロダクションの社長が不幸だという話ではむろんない。Aさんは能天気だがポジティブな自己暗示(自己催眠)をつねに入れ、Bさんは真面目だけれどネガティブな自己暗示をくり返し入れていたのではないか。本人たちは自覚しないまま……。それが積もり積もって人生を分けたのではないかと思うのだ。

 僕は去年から「愛と性の相談」を受けているが、たとえば「太っているからモテない」と言う女性に「あなたはこういう面でとてもチャーミングだよ」と言ったとする。それを聞いた相手が「今まで自分では思ってなかったけれど、言われてみれば確かにそういう面もあるかな」と腑に落ちれば、その時点でAさんと同じポジティブな自己暗示が彼女に入っていく。

 対照的に「そうは言っても、私みたいに太った女を誰が相手にしてくれるんですか」と考える女性もいる。「いや、そんなことはない。太っている女性じゃなきゃダメだっていう人もいるわけだから」と僕が言えば「でも、そんなのはごく少数でしょう」と言う。そこで彼女は自分の中で結論を出す。それはBさんと同じネガティブな自己暗示なのである。

 自己暗示(自己催眠)は無意識のうちに入ってしまい、入っているのかいないのかさえ、なかなか自分では気づけない。1回や2回ならまだしも、人は「私はここがダメだ」という同じ自己暗示を何十年も入れつづけてしまうことがある。これは催眠の視点から見ると、その人にとって大変よろしくない。

 だから「自責の念」というのも、やめたほうがいい。自分で自分を責めたところで、問題の解決にならないばかりか、結局、自分をダメにしていってしまう。見方を変えれば、自分を責めることによって、向き合わなければいけない本当の問題からは逃避しているのだから。

 「愛と性の相談」にやってきた女性たちに、よくこんな話をする。「女の人は朝とか、出かける前とか、鏡に向かって化粧をするよね。そのときニッコリ笑って『いい女だよ!』『大好きだよ!』って自分で自分に言ってごらんよ」と。この無意識の自己暗示を毎日くり返していれば、1年後、その人は必ず別人のように輝き出すことを約束しよう。


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