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第105回 快感マトリックス

 僕は「スペシャル」とか「特別記念」的な作品が苦手である。なぜかというと、事前に企画というものがなく、その場で起こってくることを撮っていく手法なので、スペシャルや特別記念になるかどうかは、撮ってみないことにはわからないのだ。

 今年、アテナ映像が創立30周年を迎えるにあたって、プロデューサーからは「30周年記念の作品を」と言われた。「でも、それ用に撮るのは無理だよ」と答えた。ただし今回、撮り下ろし作品は無理でも、僕には珍しくひとつのイメージがあった。どんなイメージなのかは、順を追って書いてみる。

 ウツの頃、僕はつらい体験を持っている女の子たちとの接触のほうが多かった。つらい体験は人によって異なるけれど、幼い頃に親から受けた虐待であったり、かつてつきあっていた男の裏切りであったり……。僕は、こんなにも多くの人間が過去のトラウマに今なお苦しんでいるのかと気づかされたのだった。

 肉体にハンデキャップのある人は、見てそれとわかるケースも多い。でも、心に傷を負っている場合は、たとえその傷が深くて大きくても、見た目ではわからない。そのうえ、心の傷はなかなか人には打ち明けられない。だから、よりいっそう出口が見つからないのだと僕には思えた。

 さらに、心に傷を持っている人たちのセックス傾向や異性とのつきあい方には、ある種の共通項があるのがわかってきた。その一例をあげると、トラウマを持っている人たちはSMにハマりやすい。そして、強い刺激がないとダメなのだ。

 そういうセックスの形があるかと思えば、20年以上前、催眠からチャネリングの世界に入って、体をふれ合わなくても幸せになれるという現実があるのを知った。強い刺激を求めるSMとは、まさに対極のようなセックスに思えた。

 雑誌の取材等で「どうしたらオーガズムが体験できるか?」とか「どうやったら女をイカせられるか?」という質問は数え切れないくらい受けたけれど、「心に傷を負った人たちは、どんなセックスをしたらいいのか?」という質問は一度として訊かれたことがない。でも、そういう人がこんなに多いことを知ってしまった僕は、彼ら彼女らがどういうふうにしたら、いいセックスができるのかについても作る責任があるんじゃないかと思ったのだ。

 そこを出発点として、どうせならセックスのレベルと心のありよう(意識の階梯)をリンクさせた一覧表のようなものがもし作れたら、それを見た人が、自分はどの段階にいて、どうすればさらに上に行けるのかがつかみやすいんじゃないかとイメージはふくらんでいった。それが以前、このブログでも紹介したことのある「快感マトリックス」という名の一覧表である。


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 一番上の段に「意識階梯」として心のありようが、2段目に「ステージ」としてセックスのレベルが表示されている。僕はセックスのレベルをこれまでの現場での体験をふり返り、「オーガズム」から「絶望」まで全部で8つに分類した。つまり、すべてのセックスはこのいずれかに当てはまるのだ。

 そして今回のDVD作品には、8つに分類したそれぞれのセックスに対応する映像を、今までに撮った僕の全作品の中から探し出した。手順としては、まず制作部の長井に、各意識階梯ごとに5~6作品を候補として選んでもらった。長井は僕以上に僕の作品に精通している。しかも女性である。今回の作品には女性の視点もぜひ入れたかったのだ。こうして候補群の中から僕が最終的に収録作品を選び、再編集した。

 だが、それらの映像にはあえて説明のようなものは入れていない。そこで起こっていることを、まずは先入観なしで見ていただきたいと思ったからである。きっと見る人によって、とらえ方や感じ方は異なることだろう。

 ドラマならば先に脚本があり、監督にしてもこう見てほしいというプランがある。だから音楽もそれに沿ってつけていく。けれども、ここに収めた映像は、冒頭でも書いたように、現実に起きていることだから、事前の決め打ちはしていない。見る人によって、さらに言えば、見る人の関心や体験や感情によって、同じ映像でも異なる見方がいくつも存在するはずである。だから同じ人でも、たとえば半年後にもう一度見たら、まったく違う発見があるかもしれない。

 「セックスなんて、どうせこんなもんだ」と思っている女性は驚くほど多い。「だれとセックスしても、女なんてみんな同じだよ」と思っている男性が多いように。でも、そんな人たちが「そうじゃないんだ」ということに気づいて、それがパートナーと向き合う、ひいては自分と向き合うきっかけになってくれれば、僕はこれにまさるよろこびはない。



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テーマ : 日記
ジャンル : アダルト

第104回 映画封切

 明日22日から映画「YОYОCHU SEX と代々木忠の世界」が封切られる。それを目前に控え、因縁といえば大袈裟だが、僕は目に見えない流れのようなものを感じている。

 まず石岡正人監督が代々木忠を撮ろうと決めたのは、僕がアテナ映像の社長ではなかったからだろうと思うのだ。直接聞いたわけではないけれど、石岡監督の性格から、そして僕が逆の立場だったとしても、一企業の宣伝につながるようなことには躊躇するだろうと。

 僕が社長を辞めたきっかけはウツだった。ウツの真っ盛りで「もうこれ以上この組織を引っぱっていく力はないし、このままではみんなに迷惑をかける」と判断し、プロデューサーをしていた取締役の杉山にバトンタッチした。

 それまで僕は社長を24期務めていた。何事も「12」をひとくくりとして考える僕は「12」という数字にこだわっている。それでいえば12を2回やったことになる。僕と杉山はちょうど歳が2まわり離れているので、24期でバトンタッチしたということは、僕がこの会社を起こしたのと同じ歳に、彼は社長になったことになる。もちろん偶然なのだけれど。

 今考えると、ウツが自分自身をふり返るきっかけになり、体はもう一度汗を流すことを求めた。ウツのときには体温が35度を切るときもあったが、今はウォーキングやストレッチ、呼吸法などによって、基礎体温をできるだけ36度5分にキープしようとしている。ご存じの方も多いと思うが、体温が上ると体内酵素は活性化し、基礎代謝や免疫力がアップする。

 渦中にいるときには、その先がどうなるかわからないものだが、ウツによって自分の体との対話が始まり、また今回の映画制作への遠因になったと思えば、ウツにも意味があったことになる。

 しかし、冒頭で「目に見えない流れのようなものを感じる」と書いたのは、これだけではない。今回の映画が上映される、そのタイミングこそが「目に見えない流れ」なのである。

 先日1月13日の朝日新聞に、厚生労働省の研究班による「男女の生活と意識に関する調査」の結果が掲載された。この調査は昨年の9月に16~49歳の男女3000人を対象にし、1540人から回答があったものだという。それによれば「セックスに関心がない・嫌悪している」と回答した人は、男性18%、女性48%。年代別では16~19歳で最も多く、男性36%、女性59%。

 この調査は、草食系化の進行を見事裏づけたわけだが、僕はこの数値を見てもさして驚きはしなかった。なぜならば、学生やOLや主婦を30年撮りつづけてきて、この兆候はここ数年、事前面接や撮影現場でとみに感じてきたからだ。そしてこのままでは、種の存続にさえ関わる大きな問題になると思ってきた。

 昨年、ローマ国際映画祭でメディアからの取材を受けた際、僕は「性がどんどん荒廃していって、今や即物的になっている」と答えた。わが国の性を荒廃させた最も大きな要因は、アダルトビデオにある。男が抜くための刺激のみを追い求めてアクティブになり、まるでアメリカンポルノかと見まがう作品が引きを切らない。

 そういう作品づくりには、AVメーカー側に撮影マニュアルがあるという。マニュアルがあるがゆえに、監督不在である。実際、バクシーシ山下、カンパニー松尾、伊勢鱗太郎、豊田薫……彼ら以降、監督が育っていない。男優にしても、加藤鷹やチョコボール向井以降は育っていない。なぜ育たないのか? 撮影マニュアルもそうだが、結局、AV業界がタネをまいていないからである。

 さらに、多くが男の都合で作られている。「オラオラ、どこ感じるんだ」的な作品は、女性が見たら不愉快なはずだ。もし逆に、男が女からそうやられるビデオが女のために作られていたら、男はきっと反発するだろうし、よほど変わった人でなければ見ないに違いない。現在のAVにも女性ファンがいるにはいるが、少数でしかない。

 石岡監督の今回の映画は、そこを気づかせてくれるし、AV業界は自分たちの制作姿勢を切り替えていく、いいチャンスを与えられたのではないだろうか。先週、一般試写会の舞台挨拶に立ったのだが、ひとりで見に来てくれた女性の多さに僕は驚いた。Twitter では「あの映画は、AVを通して、人間のありようを問うてくる」と批評してくれている一般の方たちもいる。

 今は直接ショップに足を運ばなくても、ダウンロードやストリーミングで見られる時代であり、女性にとっても見やすい環境だけは整いつつある。今後、アダルトビデオが女性も楽しめるものになったなら、本当の意味で市民権を得て、成熟していくのではないだろうか。各メーカーが男も女もセックスのよさを再認識できるような作品を作っていけたら、またひとつ時代が来るかなぁと僕は思うのである。

テーマ : 日記
ジャンル : アダルト

第103回 いのちの清流

 この前の日曜日、ウォーキングから帰ると、上の娘一家が来ていた。二人目を身ごもっている娘は、これから夫婦で安産学級に出かけるという。あずかることになった3歳の孫に、ウォーキングの途中で見かけた鳥たちの様子を話して聞かせたところ、「じいじ、ボクも行きたい!」と言う。

 今帰ってきたばかりである。が、午後2時だから、まだ日は高い。「じゃあ、行こうか!」ということで、孫と二人で散歩に出かけた。これまでも週1回くらいの割合で、彼と遊ぶ時間はあった。でも、いつも家の中だ。しかも僕には娘しかいないので、こうして小さな男の子と二人きりで外出するのは初めてである。

 家の近くに仙川という名の、幅にしたら12、3メートルの川がある。この川沿いの遊歩道を歩いていると、孫が地面に埋め込まれたプレートに関心を示した。「カルガモ」「ヒルガオ」「クワガタ」と鳥や植物や昆虫などがそれぞれ描かれている。これまで幾度となく歩いたこの遊歩道で、プレートがあること自体は知っていたけれど、孫に言われて初めて何が描かれているのかを知った。これらのプレートは仙川周辺の自然に棲息している生き物たちを示しているのだ。

 今から約30年前、僕が世田谷に引っ越してきたとき、上の娘がちょうどこの孫と同じ3歳だった。その頃の仙川といえば、水が濁り、悪臭を放ち、川面に浮くのは小さなゴミばかりか、使われなくなった自転車や電化製品までが無造作に投げ込まれている川だった。だから当時、幼い娘をつれて仙川沿いを歩こうなどとは思わなかった。

 いったん死んでしまったかに見える川が、まさか後年よみがえろうなどと、僕は想像だにしなかったのである。山あいの清流とはいかないまでも、30年前に比べたら仙川の水質はずいぶん透明度が上がった。川岸には鮮やかなグリーンの水草が群生し、土手には寒椿やサザンカが咲いている。カルガモ、川鵜、青鷺、白鷺といった鳥たちが訪れ、大きな鯉も泳いでいる。こんなに綺麗になるものなんだなぁと、僕はあらためて驚かされる。



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仙川沿いの遊歩道(祖師谷公園)



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仙川のせせらぎ



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カルガモ(親)



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カルガモ(雛)



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青鷺


 「じいじ、うるさいよね、この鳥」と孫が言う。ヒヨドリだ。ヒヨドリは晩秋から冬にかけて「キキキキ」と空気を切り裂くような独特の鳴き方をする。「そうだね、うるさいね。でも、はるばる北海道から渡ってきたんだよ」と僕は言った。「へえー」と孫はびっくりしている。一昨年、北海道に住む女房の父親が亡くなったとき、孫も飛行機で葬儀に行ったから、北海道がとても遠いということは実感しているようだ。

 「じいじ、これ、何?」と今度は道端に落ちている琥珀色のつぼみを拾う。かつて華道をかじっていたので、何のつぼみかはすぐにわかった。「これは蝋梅(ろうばい)っていうんだよ。ロウソクの蝋(ろう)って知ってるかい? それに似ているでしょ」。僕の話を聞きながら、小さな手のひらにのせた柔らかなつぼみを孫はじっと眺めていた。

 結局、あたりが暗くなりはじめるまで3時間、僕は孫との散歩をいくぶん疲れながらも楽しんだ。娘の頃とは違って、孫がふれあう自然がある。自然の中に息づくさまざまな命がある。それらをよみがえらせた源は、やはり仙川を流れる水だったように思える。

 地球は「水の惑星」といわれる。しかし、地球の水の97.5パーセントは海水で、淡水はわずか2.5パーセントにすぎない。しかも、淡水のほとんどは南極と北極の氷だそうで、僕たちが利用できるのは、たったの0.01パーセントだという。地中深くにある伏流水や地下水等を除けば、0.0001パーセントという説まであるくらいだ。

 資源のない国とずっと言われつつも、こと水源に関して日本は恵まれた国と言えるだろう。近年、中国が日本の水資源の買収を進めているというニュースが目につく。北海道の森林はずいぶん買収されてしまったとも。もっとも、買収を進める外国資本は中国だけではないのだろうが。

 1995年、世界銀行の副総裁を務める人物がこんな予測をした。「20世紀は石油をめぐって戦争が起きた。21世紀は水を奪い合う戦争が始まる」。今や10億以上の人々が飲み水にさえ困っていることを思えば、この予測も現実味を増してくる。

 今回、孫との散歩を通して、きれいな水の恩恵をあらためて感じるとともに、子や孫そしてその先の世代へ、僕たちはこの水を受け継いでいけるのだろうかと、少なからず不安にもなったのだった。

テーマ : 日記
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