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第50回 「うつ」の頃

 心療内科や精神科では、セロトニン系に作用する薬物療法が鬱病治療の主流のようである。たとえば、シナプスから放出されたセロトニンが再取り込みされてしまわないようにすれば、鬱病は改善するんだと図に描いて説明されたりすると、なるほど、そのメカニズムはわかったような気になる。

 でも、昨夏までの5年間、鬱にもがき苦しんでいた頃の僕は「なぜ鬱になったのだろう?」「そこにはどんな意味があるのだろう?」と心のどこかでずっと考えていた。医者は「ストレスだとか、そこはまぁ、いろいろ個人差があるからね」と言うが、僕は自分が納得できるような"鬱の原因"を探し求めていたのである。

 僕自身、催眠や呼吸によって女の子をトランス状態に誘導してきたけれど、ネガティブな感情を閉じ込めている子は、トランスに入ったとき、閉じ込めたそれらと共鳴してネガティブになっていくのを数え切れないくらい見てきた。

 鬱病というのも、ひょっとしたらそれと同じではないのかという仮説が自分の中に立っていった。つまり、いろんなストレスや疲れが溜まってきて活力が落ちたとき、ふだんなら心の奥に閉じ込めているネガティブなものを抑える力も弱まって、それらが一気に溢れ出てきているんじゃないかと。

 では、僕がふだん閉じ込めていたネガティブなものとは、いったい何だろう?

 すぐに思い当たったのは、幼い頃に負った心の傷だ。このブログの第1回目にも書いたが、僕は3歳で母を亡くし、父は仕事の関係で長いこと家を空けていたから、その間、親戚の家を転々とした。そして、待ちに待った父が帰ってきたときには僕の知らない新しい母も一緒だった......。でも、僕にはそのときの自分の本当の気持ちを父にも母にも言えなかった。成長してからも、屈辱感や体がふるえるほどの怒りの感情を分離し、閉じ込めてきた。

 そういう溜まっている感情を今、自分自身が受け取っているってことじゃあないだろうか。僕は鬱をそう解釈したのだった。

 もちろんそこに至るまでには、それなりの時間が必要だったが、自分の中で鬱の原因が見えてくると、いくぶん気分も落ち着いてきたように思う。これで少しだけ前に進めるような気がした。

 とはいえ、気分的にラクな状況ばかりではない。前回のブログで紹介したように、トイレすら誰か代わりに行ってほしいというときもあった。健康な人でもだるさを感じることはあるが、鬱はその100倍だるい。そして孤独感。寂しさ。本当はなんにも寂しくないはずなのに、みんなと一緒にいても寂しいのである。そんなつらい状態が、鬱であった5年間の比率でいえば8割方を占めていたような気がする。

 あるとき、上の娘が鬱のことをネットでいろいろ調べて、「お父さん、泳ぎに行こうよ! 泳ぐの好きでしょ」と誘ってくれた。そのころ娘はすでに結婚していたが、まだ子どもが生まれる前だったので、自分の家から下に水着を着て、実家にいる僕を誘いにやってきた。娘の心づかいは痛いほど伝わってくる。でも、結局、僕はプールに行くことはできなかった。動けなかったのである。

 そんな日々の中で、「ラクになりたい!」とはずっと思っていたけれど、「死にたい!」と思ったことは、不思議と一度もなかった。ここでいったん死んで、現世がラクになったとしても、どっちみち来世でもう一度同じ課題と向き合うことになるんだからと、僕はつねに感じていた。死んでも、結果的にラクにはなれない。つまり僕にとって、死は逃げ道にもならなかったのである。

 ある日、昔の友達から久しぶりに電話がかかってきた。「たまにはお茶でも飲もうよ」と彼が言う。仲のいいやつだったので「いや、実は鬱で......」と伝えた。すると「そんなの一発で治るところがあるからさ」などと、調子のいいことを言う。「ありがとう。気持ちだけはいただいておく」と、娘のプール同様、僕は断った。

 ところが、あくる日も電話があって「オレ、今から迎えに行くよ」。さすがにそれじゃあ悪いと思い、「わかった。その医院の場所を教えてくれたら、僕から行くよ」と答えた。「じゃあ、待ち合わせして一緒に行こう」と彼が言い、その日のうちにH先生のところに行くことになった。

 ただし、連れていかれたのは歯科医院である。僕は歯が痛いわけではない。なんで歯医者に連れてくるんだろう? 7つの治療台がずらっと並んだ治療室を通過して別室に入ると、H先生から「そこに寝て」って言われ、僕はそのとおりにした。先生は仰向けになった僕を見るなり、「消化器系と泌尿器系がもうボロボロだな」と言う。「体が複雑怪奇に捩れているよ」とも。先生が指摘した「消化器系と泌尿器系が悪い」というのは、ピタリと当たっていた。

 先生によれば、僕の場合、左足が極端に外側に開いている。外股に歩くというのは、そのぶん股関節がずれる。そのずれによって骨盤の位置が高くなる。そして体はバランスを取ろうとして右の肩が入ってくる。こうして背骨が歪む。背骨が歪むと、ある神経を痛め、その臓器に問題が出てくるという診断だった。体の歪みを元に戻してやれば、ホルモンのバランスも、血流も、気の流れもよくなるというわけである。

 これを読んでくれている人は、なんで歯医者さんがそこまでするんだ? と引きつづき疑問なはずだ。そこを書いておくと、H先生が施術しているのは、磯谷式力学療法というものである。では、なぜ磯谷式力学療法を施術しているのかといえば、H先生は柔道整復師の故 磯谷公良氏のお弟子さんの一人であり、磯谷理論を本にするのを長い間手伝っていらっしゃる。

 初日の診察で僕はさっそく股関節の矯正をしてもらったが、これがとにかく痛い。どのくらい痛いかというと、やっているH先生が憎いくらい痛いのだ。これは、もう無理だと思った。こんなの、とても続けられない。ところが先生は「本当に治したいなら、しばらくは毎日来なさい」と言う。

 そうは言われてもなぁ......と僕は思っていたが、帰り道、不思議なことが起こった。腹がとても空いていたのである。鬱では食欲もない。僕はそれまで心療内科でもらったエンシュア・リキッドという液体栄養で、ろくに食事もしていなかったくらいだ。それが、この空腹感。僕は痛い治療を真面目に続けてみようかと思いはじめていた。

 心と体は互いに密接に関連している。股関節の矯正によって骨格が正常に戻っていくのと、精神面の改善は、けっして無関係ではなかったと思う。さらには、鬱になる前から始めていた呼吸法を鬱の間も続けていたから、これも快方へのひとつの要因になったように思える。

 先に「鬱とは、ふだんなら心の奥に閉じ込めているネガティブなものを抑える力も弱まって、それらが一気に溢れ出てきているんじゃないか」と書いたが、体がいいほうに向かっていくと、「ネガティブなものが溢れてきているのは、その感情を受け取る準備ができたからじゃあないのか」と思うようになっていった。たとえば幼い頃の満たされない思いを、今の自分が受け取り、それを理解してやることで、負った心の傷を癒し、自分で自分を中和しようとしているのではないかと。もちろん、すべてを中和できたとは言えないけれど。

 5年間の鬱は、僕にとってきっと必要だったのである。




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個室だった編集室を出て、今はオープンフロアに置かれた自分の机で編集をしている。

テーマ : 日記
ジャンル : アダルト

第49回 雑記

 このブログも、もうすぐ丸1年になる。どうにか続けてこられたのは、読んでくださっている方がいるからであり、それはとてもありがたいことだと感謝している。思い返せば、第1回目の冒頭で「この2、3年、そろそろ(AV監督を)やめようかなと思っていた」と書いた。「その理由はこのブログでおいおい書いていこう」とも。

 1年を迎えるにあたり、それを記しておこうと思う。僕は、2003年から2008年までの5年間、鬱病にかかっていた。当時綴っていた「雑記」をいくつか抜粋する。もともと自分が自分であるために書いたもので、こうして人様にお見せすることなど、まったく想定していなかった。自分で見返すのもつらいものがあるし、おそらく読む人も気持ちいいものではないだろう。

 にもかかわらず、あえてそれを載せるのは、今、僕らが暮らすこの国では鬱病やその予備軍がどんどん増えていると聞く。自分がなってみて感じるのだが、その症状とは、一言では表現できない"つらさ"だった。そして、なかなか人にもわかってもらえない。僕はおかげで去年の夏くらいから快復した。だから、こうしてブログも書こうという気になれたわけである。鬱病の原因は人それぞれゆえ、共通した処方箋など僕に書けるはずもないが、たとえヒントのかけら程度でもご提示できたなら、こんなにうれしいことはない。

 ●2004年3月某日
 かれこれ一年、それは夕方近くになるとやってくる。
 背中が痛い。息苦しくて、不安で、孤独で、寂しくて、悲しくて、微熱が続き、体がだるい。このだるさは自分のこれまでの人生では経験したことのないだるさだ。
 形容しがたい苦しさ。
 誰にも会いたくない。すべてがめんどくさくって......。
 もがいている自分がいる。
 何故こんなに苦しいのだろう?

 ●同年5月11日
 久しぶりにこのページを開いた。
 相変わらず背中と胸の中心が痛い。
 息苦しさと微熱とだるさも相変わらず。
 孤独感、寂しさ、強烈な不安感は少しだけ軽くなった。
 ただ、編集の仕事に意欲が出ない。少しでもやらなくちゃ、と思うのだが......。
 コンビニで何か食べ物を買って5階の編集室に入るか。

 ●同年8月3日
 背中と胸の奥が息苦しい。つらい。けだるい。気分がふさいだままでどうにもならない。体全身がピリピリ、ビリビリ、ザワザワ、この感覚と感情は形容しがたい。
 夏だというのに悪寒? 微熱? 今は誰とも話したくない。誰と話しても会話が弾まない。会話が流れない。
 でも努めて明るく、T君や、ほかのスタッフとも話すようにする。が、うまく会話が流れない。まいった。こんな状態がいつまで続くのだろう。
 もう一年以上も続いているというのに......解放されたい。I氏は何度も自殺を試みたという。死んで楽になりたい気持ちはよくわかる......。
 明日から、千葉で撮影が始まる。しかも続けて3本撮り。どうなるのだろう。
 たぶん乗り切れるだろう。今までもそうだったから。ウォーキングなどを始めたおかげで、体力的には自信がもてている。ただ、3人の出演者たちとの、精神的な「せめぎ合い」に手抜きが生じるのが一番怖いし、プロとして恥ずかしい。最近の作品にその兆候が見え隠れするのを感じている。
 でも、なんとかしよう。なんとかなるさ!
 こうして心の中の思いを文字にすることで、いくらか気持ちが楽になったようにも思える。

 ●同年8月某日
 先月7月の30日に聡子が祖師谷のマンションに移り住み、K君との生活を始めた。
 このことが治癒に向かっていた症状の悪化に追い討ちをかけていることも確かだ。......なんと繊細なことよ。
 聡子の「ただいま~」の声をもう聞くことはない。わかっていることだが、K君の妻として遊びに来ることはあっても、聡子が私の娘としての関係でわが家に帰ってくることはない。
 今朝、聡子の使っていた部屋をなにげなく覗く。奇麗にかたづき、生活感のなくなった部屋。
 形容しがたい気分に襲われた。喪失感。やるせなさ。寂しさ。
 先ほど飲んだ薬「デパス」が効いてきたのか、少しだけ気分が楽になったような気がする。

 ●同年10月2日
 今日は聡子の結婚式だった。
 おめでとう聡子。
 あと何を書いていいのかわからない......。

 ●同年12月6日
 イライラ感は多少やわらいだようだが、だるさは相変わらずで、睡魔が襲ってくるのにはまいった。
 誰にも会いたくないという強い拒絶感も少し緩和してきた。
 最近になって気づいたのだが、微熱の変化が出てきた。以前は朝35度前半で、夕方36度9分くらいになっていたのが、最近は朝起きて微熱を感じるので、計ってみると36度台の日が増えてきた。夕方から夜にかけても以前のように36度9分までは上がらない。が、咳は相変わらず完全には治らない。
 9月から続く咳に先生も少し心配になったのか、先月、血液検査とレントゲンを撮った。結果に異常は認められなかった。少し安心。
 だが、背中の痛みと胸の圧迫感や不整脈は相変わらずだ。
 先週の木曜日に左側の耳に強い耳鳴りが起こり、家に帰っても治まらない。右の耳に指を突っ込んでみると、左の耳の音は完全に音割れしている。テレビでしゃべっている会話が音割れして、完全に聞き取れなくなってしまった。このまま聞こえなくなるのだろうか? 少々怖くなってきた。明日、病院に行こう。
 あまり考えないようにして寝よう。それしかない。

 朝起きるとウソのように治っていた。昨夜の音割れは何だったんだろう?
 明日とあさっては休みを取ることにした。編集のほうも今はないので、会社にいてもやることがない。これはつらいです。パソコンを見るか、日記を書くか......。
 ひたすらだるさとの戦い......。明日はプー(筆者注:愛犬の名)と昼寝です。
 今、家族では昌美の咳が一番ひどい。病院で検査をしてもらうように勧めるが、なかなか行かない。

 ●同年12月14日
 今日は昌美23歳の誕生日。早いものです。
 昨夜は熱もあまり上がらず、気分も良好だった。今日も今までで一番いいかもしれない。
 少し休養を取ったのがよかったのか、プーの存在が大きいことは確かだ。このまま快方に向かってくれるとうれしい。
 昌美にプレゼントする花を買いに行ってくるかな。


 抜粋したのは「雑記」の一部、2004年の3月から12月の何カ所かである。3月にも書いているように、この1年前から鬱は始まった。12月の記述では、体調も少しよくなり、下の娘のことを気にかける心の動きも芽生えてはいるものの、快復までにはここから約3年半近くを要することになる。

 次回は、鬱の中でもがき苦しんだ僕が何を考え、どのように動いたかを記していきたいと思う。



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編集室にすわると、もう動けなかった。
トイレも誰か代わりに行ってもらいたいくらいに。

テーマ : 日記
ジャンル : アダルト

第48回 第1回ディスカッションを経て

 以前、このホームページでも告知したように、「裏動画サイト」をテーマにディスカッションを行った。応募いただいた中から男性3名、女性1名の方に参加してもらい、2時間にわたっていろいろな話をうかがった。僕自身は一AV監督として参加した。

 「一AV監督として」と書いたのは、アテナ映像というメーカーのビジネス上のしがらみは一切ないという意味である。裏動画サイトは表ビデオ業界の売上減少に少なからず影響を与えているけれど、今回のディスカッションにおいて、僕は寄って集(たか)って裏動画を批判したいなどとは思っていない。

 時代の趨勢(すうせい)という面から見れば、昔はパッケージしかなかった発表の場が、今はそれに加えてダウンロードや衛星放送など、格段に増えている。その意味では、監督としていい時代になったとさえ思う。

 さて、ディスカッションでは、参加者から「では、なぜ監督はそこまで裏動画サイトにこだわるのか?」と訊かれた。あらためて問われると、自分でもなんでこんなにこだわっているのだろう? 

 別の参加者からは「このままでは人類はまずい方向に進むからではないか」という意見も出た。たしかにそういうことなのだが、それを自分の言葉で言うとどうなるのだろう?

 ディスカッションの場でそれは言葉となって浮き上がってこなかったけれど、それから自分なりにあれこれ思ったのは、次のようなことである。

 今から20年近く前、「童貞と処女がラブホテルに行って顔射した」という話を耳にした。アダルトビデオを見て、セックスとはこういうものだと思う若い人たちが増えていったら、それは僕らの責任である。

 そこで、見た目の派手さは二の次になったとしても、本当のセックスを若い人たちに見せたいと僕は思った。1990年の「中に出して!」という作品は、のちにつきあうことになる加藤鷹と樹まり子のセックスの中で、まり子が思わず鷹に言った、その言葉がタイトルになった。

 自分の若い頃を思い返せば、女の性器や性行為をモザイクなしで見たい気持ちはよくわかる。しかし、ふつうは見られないものが見える--------そこだけを売りものにしていくと、結局、型のみを見せるという落とし穴が待っている。

 たとえば、ちょっと感受性の強い女の子にビデオを見せるとき、「客観的に冷めて見るんじゃなくて、自分がそこに出ている女の子になった気持ちで見てごらん」と言うと、その子は一緒に感じはじめる。でもそれは、もともとビデオの中の子が本当に感じているからであり、実際に感じていないものをいくら見せても、決して感じたりはしないのだ。

 1998年以降、わが国では自殺者が急増している。いろいろな原因がそこにはあるはずだが、"つながり感"の喪失がその一大原因だとも言われている。自分はだれかとつながっている--------そんな実感があれば、死にたいという思いを踏みとどまることもできるだろう。

 ところが、世の中では"つながり感"がどんどん希薄になっているように思える。

 セックスとはお互い社会的な鎧(よろい)を全部脱いで、文字どおり裸で相手を感じ、そしてつながれる行為のはずだが、型だけを見せるビデオには、もともと"つながり感"が映っていない。かつて童貞と処女がラブホで顔射したように、若い人たちがそれをセックスだと思ったら、セックスとはせいぜい快感を得るための手段くらいにしか映らないだろう。

 ディスカッションの参加者のほとんどは、「性器モロ見えはすぐに飽きるし、ぜんぜんエロくない。それよりも性器なんかは見えずとも、表ビデオにもっとエロい作品があるのではないか」という意見だった。

 たしかにモザイクの有無は些細なことであり、その意味ではもう解禁する時期に来ていると思う。ただし、セックスに対する誤解を見る者に与えてしまう、こっちは看過できない問題だと思えてしかたがない。

 では、どうしたらいいのだろうか? 僕は今回のディスカッションに参加したおかげで、自分の中で考えがまとまり、整理がついた。

 それはひと言でいえば、ヒモ付きではない審査機構を確立しなければならないということである。現在、審査団体は6つあり、なかには警察からの天下りがいる団体もある。

 「ヒモ付きではない」とは、たとえば理事会社であるメーカーからの圧力にも屈せず、いっさいのしがらみを排して公正な審査ができるという意味である。それはモザイクの濃淡に限った話ではない。

 ビデ倫の崩壊によって、アダルトビデオ業界は指針となる核を失ったように僕には見える。そしてそのビデ倫も、発足当初の審査員が持っていた哲学を引き継ぎ守っていれば、摘発などはされなかっただろう。だからこそ、業界全体の指針となりうる審査機構の確立が急がれるのだ。

 最後に、ディスカッションを通して、もうひとつ気づかされたことがある。それは監督としての自分がまずは納得のいく作品を撮ること--------であった。

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第47回 握った手のひらが膣になる !?(2)

 前回のつづきである。もし前回を読んでいない方は、そちらを先に読んでいただけるとありがたい。

 1往復1秒間の速い呼吸が1分間くらい続いたら、僕は彼女にこんなことを言う。

 「呼吸を続けていくときに、本能に身をゆだねてみて。自分の中でエッチなことやふだん言えないことを、実際に口に出して言うのはとてもできないと思うから、心の中で卑猥なことをいっぱいしゃべってみて。それは呼吸しながらでもできるから。たとえば『私、ホントはスケベなのぉ』『グチュグチュしてもらいたいのぉ』『ベロベロ舐めてほしいのぉ』、そういうことを心の中でなら言えるから、しっかりそれを言いながら呼吸を続けて」

 それを彼女が思っているのか思っていないのか、それは僕にはわからないけれど、でも呼吸が変わってきたな、少し欲情してきたかな、というのが見て取れた段階で、こう言う。

 「いま鼻から吸って口から出してる呼吸を、鼻から吸って自分の性器から出すようにイメージしてみて。性器に意識を傾けて、性器呼吸をしてごらん」

 こうして性器呼吸をしばらく続けてもらう。そのときにはもうかなり思考センターが休みになっているので、誘導している僕のほうがかなりの割合で主導権を握っている。とはいえ、本能のほうは感じているものの、どこかでそれを抑えている場合も少なくないので、こんなことを言う。

 「あなたの体が腰を使いたくなったら、それを抑えないで許してあげなさい。自由にさせてあげなさい」ということを何回か言ってあげる。「腰も勝手に動いてくるけど、いつもはそれを抑えているから、きょうはもう抑えないで、体の好きなようにさせてあげなさい」と。そうすると、だいたい腰が動いてくる。そうなると、自然に声も出てくるようになる。「もし声が出たら、すごく感じるよ!」と言っておいてあげる。

 彼女が感じてきたところで「はい、自然呼吸にもどして」と言う。自然呼吸に戻して、しばらくそのまま置いておく。

 そうしてから、今度は彼女の手を取る。彼女には右手も左手も握りこぶしを作ってもらう。「手を力強く握ると同時に、膣も締めて」。両手も膣も、2~3秒ごとに締めては緩める。これをしばらく繰り返してもらう。

 彼女がそれを繰り返しているときに、「握りしめるたびに膣がうずいてきます」という暗示を与える。この段階までくれば、暗示はかなりの確度で効くはずである。

 そして、握りこぶしの入口、具体的にいうと、握った親指と人差し指の側を上にして人差し指の第二関節(指先から遠いほうの関節)をさわりながら、「ここがあなたのクリトリスだよ。もう膣と連動してしまったから」という暗示を与える。


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 そうしておいて「中に入れてほしいよねぇ」と暗示すると、腰がぐうーっと持ち上がってきたりするから、こちらの指を握りこぶしの中にゆっくり挿入してあげる。挿入する前に自分の指を舐めて、唾でベチョベチョにして入れてあげると、なお効果は大きい。

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 ゆっくり指の出し入れをしながら、労宮(ろうきゅう)と呼ばれる手のひらの中央にあるツボを刺激する。「ここはあなたの一番気持ちいいところ」と言いながらさわってあげると、労宮は彼女のGスポットに響く。実際にやってみれば、相手の反応がてきめんに違うから、きっとわかるはずだ。


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 次に、彼女が明らかに感じはじめ、腰を使い、声も出てきたら、「目をあけてこっちを見て。僕の目を見て」と言う。ここで覚める場合もあるけれど、「気持ちいいよね」と言いながら信頼関係を作ってしまえば、「僕もすごく感じてきてるし、オマンコにくわえられてるみたい」と、ここで"セックス"になってしまう。

 こうすることにより、彼女に目を見ることを覚えさせる。そうすれば、その後、本当のセックスのとき目を見ることに彼女は抵抗がなくなるし、女の子によっては、指を握りこぶしの中で出し入れしながら、目を見つめ合って「気持ちいいね」って言うだけで、感情が入って泣き出す子さえいるのである。本人にとっては本当に入れられてるわけじゃないというのが、いい意味でエクスキューズになるのか、かえって大胆になる子もいる。

 さらに女の子のなかには、友達から「生理のときに一回お尻でやってみたけど、前よりいいよ」と聞いてる子がいたりする。アナル未経験者でも興味がありそうな場合は、「お尻も好きなんじゃないの?」と言って、握りこぶしの反対側、要するに小指側から「お尻に入ってくよ」と言いつつ指を入れると、これも効くのである。


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 自信を持って「そうなりますよ」ということを言っていけば、女性の思考センターも休んでいるからコントロールするのはこちらである。これは不思議なくらい反応する。こういうことをすれば、こういう快感が得られるんだというデータがきっちり彼女の中に入る。体験を通した実感なので、彼女のものである。

 もともと本能は快を求めるから、ほとんどの子が開いてくる。そのときにハグしてあげてもいい。暗示を与えたり誘導しているとき、彼女が欲情してくれば、こちらも欲情してしまうし、そうしたら服を着たまま重なって、二人して腰を使ったらいい。これはぜひとも一回試してみてほしい。ものすごいことが起きるかもしれない。それは女性ばかりでなく、男性であるあなたのほうにも......。

 さらに進んで、こういうセックスがいいなと思うAVがあれば、それを見せる。彼女はこれまでAVを見たことがあるかもしれないし、ないかもしれない。でも仮にあったとしても、それは客観的に見ていたはずだ。だから分析してしまう。

 「きょうは、ここに出ている女の子になったつもりで見て」と僕は言う。「そうすると、作品の中の女の子が感じたのとまったく同じように、あなたも感じてしまうから」と。

 読んでいただいた方の健闘を祈ります。

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