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第83回 死とオーガズム

 死ぬときって、きっと気持ちいいんじゃないかと、僕はひそかに思っている。

 オーガズムがある意味「死」であることは、これまでいろいろなところで書いてきた。つまるところ、オーガズムとは「社会性の死」だと僕は思っている。現場でセックスの最中、社会に合わせて作ってきた偽りの自分が死んでいくとき、多くの女の子たちはとても苦しそうに見える。

 しかし、自分を明け渡してオーガズムを体験した女の子に、あとでそのとき、つまりイク前のことを訊いてみると、みんな一様に「ぜんぜん苦しくなんかなかった。すごく気持ちよかったよ」と答える。だとすれば、本当に死ぬときも、死を受け入れれば同様に気持ちいいのではないかと思うのだ。つまり、オーガズムが「死」であるとするならば、死もまた「オーガズム」ではないかと。

 僕自身、これまで何度か死にかけている。極道の頃、僕の若い衆が大失態をやらかした。組織のケジメとして、責任者である僕はみんなの前でヤキを入れられることになった。それはまる一晩に及んだから、かなり長時間だったのだけれど、痛みを痛みとして感じているのは最初のほうだけで、途中からは気持ちがいいのである。セックスにおける快感と同一とは言い切れないまでも、自我を捨て、あるがままを受け入れたところで感じる多幸感としては共通点がある。

 そればかりか、ヤキを入れている相手の気持ちもわかってくる。組織のケジメを取るためにやらなきゃいけないっていうのはあるものの、実際にはやっているほうも悲しいのだ。自分を明け渡してしまっている僕には、相手の思いがダイレクトに伝わってくる。もしも、なんで俺がヤキを受けなきゃならないんだという思考が働けば、きっと苦しくて、そのうえ相手に恨みを持ったことだろう。

 また、仮死体験として最も鮮明に残っているのは、中学1年の冬のことである。氷が張ってる用水池で泳いで見せると、向う見ずな僕はみんなの前で公言していた。自業自得としか言いようがないが、折り返しのキックで水面に顔が出たとき、急に頭が痛くなった。岸まではあと十数メートル。これはヤバイと思った刹那、視界の中で色がなくなる。そしてモノクロームのまま暗くなると同時に意識を失った。

 目が覚めたのは病院のベッドの上だった。僕が泳ぐのを見ていた友達の何人かが交代で背負って病院まで走ってくれたようだ。水面に氷が張っていたくらいだから、僕は心臓麻痺を起こしたのだろうが、背負って走ってくれたことによって、結果的にはそれが心臓マッサージになったのかもしれない。この心臓マッサージがなければ、僕はそのまま死んでいたと思う。ただ、視界に色がなくなって意識を失うまでの間、苦しかったかといえば、まったく苦しくはなかったのだった。恐怖感もなく、とても穏やかな心境だったのを覚えている。

 これ以外にも、何度か死にそうになったとき、いずれも途中から痛みや苦しさは消え去り、ある種の快感に僕は包まれていた。だから、実際に死ぬときも、きっとそれはオーガズムなのだろうと思っている次第である。

 では、死んだあとはどうなるのか?

 死んだらそれですべてはお終いだと思っている人は多いけれど、僕はこの仕事をやっているなかで、何度か霊に遭遇している。「チャネリングFUCK」や「目かくしFUCK」を撮っている際、女の子はトランス状態に入っているため空き家状態になるときがある。そうすると、そこへ霊が入ってしまって、その彼女の言葉を使って喋りかけてきたことが頻繁にあった。

 自分の中に霊が入らないまでも、トランス状態になった子が「そばに来てるから、監督、部屋から出してえー!」と訴えることもあった。僕は自分の守護神に霊を追いやってくれるように頼む。すると、訴えた女の子は「かわいそう。みんなエレベーターの前にかたまっている。監督、あれ、かわいそうだよ」などと言い出す。「おまえが出せって言ったんじゃないか」と、そんな経験を幾度もしたものである。だから、死後そういう世界があるというか、肉体を離れても魂というべきものが存在することを、僕は信じている。

 C.A.ウィックランド著『精神科医ウィックランド博士の迷える霊との対話』(近藤千雄訳、ハート出版刊)には、死後なお生前の商売を続ける霊や、タイタニック号事件で他界した霊など、文字どおり迷える霊との対話がたくさん紹介されている。僕が撮影現場のホテルで遭遇したのも迷える霊たちで、結局のところ自分が死んだことにも気づいていない連中だった。あるとき、僕は霊に「あなた、死んでるんだよ」と話しかけたこともある。でも、いっこうに聞く耳を持たない。自分はまだ生きていると譲らない。脳が死んだら終わりだと思っている人たちに、この傾向は強いように思われる。

 死ぬときには気持ちよくて、その後も魂は存在しつづけると思っている僕は、死を不幸の極みだとはとらえていない。ただ、その前提に立ってなお、自分のまわりのかけがえのない人々と、お互いに肉体をもって接したり、一緒に食事を楽しんだり、なにげない会話を交わしたり......そういう体験がもう二度とできなくなってしまうのかと思うと、それはたまらなく切ないのだけれど。

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第82回 挿入できない女〈番外編〉

 前回・前々回と「ようこそ催淫(アブナイ)世界へ 13」の撮影エピソードを書いてみた。そこではふれなかったが、2日目の撮影現場には、実は珍しいお客さんがいらしていた。

 このブログの「香港珍道中」で紹介した香港大学の王向華先生とその教え子のクレラさんだ。社会人類学者である王先生は、オックスフォード大学で博士号を取得し、いま香港大学では文学院学院長をされている。彼らがなんのために撮影現場に来ていたのかは、あとで書くことにしよう。

 撮影が終わって、女の子や男優、スタッフたちが帰ったあと、きょうはここに泊まっていく予定の王先生とクレラさん、ジャイアント吉田さん、鬼闘監督、アテナ映像ゼネラルマネージャーの折田が残った。僕たち6人は囲炉裏を囲んで酒をちびちびやりはじめた。そこで、王先生に初めて現場を見た感想を訊いてみた。

 王先生は「休憩時間に、監督が『後半は、前半とパートナーを変えたいか?』と訊いたとき、女の子たちは『もっと愛を深めたいから、パートナーは変えない!』と言ったにもかかわらず、1人の女の子は男優に体をさわられて感じてしまい、結局パートナーではない男優とセックスしてしまったのが、ものすごく猥褻(わいせつ)だった」と答えた。それを聞いて、かなり内面を見ているなぁと僕は思った。

 翌日、ケヤキの葉が風にそよぐテラスで、僕たちは軽い朝食をとりつつ、おしゃべりをしていた。すると、王先生がこんなことを言い出した。「代々木さんは多重人格みたいだ」。僕はこれまで人から一度もそう言われたことはない。言われたことはないが、自分の中ではひょっとしたらそうかもしれないと思っていたのだった。

 どういうことかといえば、僕の場合、記憶の一部が欠落しているということはないので、人格が乖離してはいないと思う。だから、これまで僕が接してきた多重人格の人たちとはちょっと違うのだが、でもふつうの人たちとも違うよなと僕はずっと思っていた。

 それはこんなイメージだ。人には確かにいろんな面がある。だが、それを真上から俯瞰(ふかん)して見たら1つにまとまって見える。ところが、僕は真上から見ても、いろんな僕があっちこっちにはみ出して見えるのである。

 前の晩、美咲に呼吸法を行っているとき、このままいくと人格の乖離が起こるのではないかと思ったことは、前々回のブログに書いたけれど、王先生から期せずして自分自身のことを指摘された僕は、その晩、思わずわが身をふり返っていた。

 ふつうの人は高校や大学を卒業して社会に出ていくわけだが、どんな職業に就くかはその人なりのイメージを持って自分の人生を決めてゆく。むろん希望どおりの職に就けるとは限らないけれど、それでも第2希望・第3希望の業種や職種がどういうものであり、自分がそれでいいのかどうかくらいは考えて一歩を踏み出すに違いない。転職もまたしかりである。このように人生を歩んでいけば、これまでのステージの上に次のステージが重なり、また、これまでやってきたことの何かが次での糧(かて)となって、1つの人格が形成されていくように思えるのだ。

 ところが僕の場合は、高校時代のある日、小倉警察副署長の倅(せがれ)と喧嘩をして大怪我を負わせ、小倉にいられなくなって、大阪に逃げた。着いた大阪で職安に行き、紹介された花屋に住み込みで入った。副署長の倅と喧嘩をするまで、自分が明日にも大阪で暮らすことになろうとは、ましてや不良の自分が花屋に住み込みで働くなどとは想像だにしていなかった。さらに、花屋での生活は、仕事のみならず立ち居振る舞いに至るまで、小倉時代に培ってきたものはまったく通用しなかったのである。

 5年後、小倉にいる妹が急病になって帰省したのをきっかけに、僕は極道の世界に入ることになる。大阪で花屋の仕事や華道については多少学んだものの、それが極道のいろはに役立つはずもなく、またなにもかも1から構築していかなければならなかった。

 その7年後、カタギになり、ピンク映画の世界に入った。そこもまた、それまで身につけたものがまったく通用しない世界だった。映画の方法論を学んでいるわけでもない僕は、見よう見まねで自分の思うように撮ってきた。先輩たちからは「映画的にこのカット割りはない」などとよく言われたものだ。僕は悔しいから「面白ければいいんだろ」と言うしかなかったのだが。

 このように僕は、過去の経験やルールや人間関係が役に立たない次のステージで、いつも1から出直すしかない人生を送ってきた。思えばそれは、幼児期にすでに土台ができあがっていたのかもしれない。僕は3歳で母を亡くしている。父が仕事で別の土地に行くのも重なり、親戚の家に預けられた。そこでいじめられていたわけではないけれど、それまで母に注がれていたのと同等の愛を、親戚の家に求めることは許されなかった。幼いながらも、自分の気持ちを切り替えざるを得なかったのだと思う。

 そんな生活が終わったのは、終戦と同時に家を出ていた父が帰ってきたときだった。ただし、新しい母をつれて。終戦は価値観の大転換をもたらした。もちろん僕に限った話ではないが、日本という社会に昨日とは異なる今日がやってきていた。僕はといえば、暴力をふるう父にも、新しい弟や妹の生まれた母にも、自分の寂しさを言えないでいた。ある意味、親戚の家に預けられているときよりも、僕は寂しかったかもしれない。

 13歳のときの補導をきっかけに、不良少年の時代が始まってゆく。喧嘩に明け暮れる毎日のその先に、副署長の倅との喧嘩があったのは、先に書いたとおりである。

 花屋で形成した人格、極道での人格、ピンク映画での人格は、互いに重なり合うこともなく、僕の中にまるで別人のごとく同居している。乖離こそしていないけれど、多重人格のような自分はこうして生まれたのではないかと、その晩考えていた。

 王先生とは香港に出かけた2泊3日と、日本で2度会っただけだ。なのに、ずいぶん鋭いところを指摘してくるよなぁと感じていた。そんな彼がなぜ撮影現場の見学に来たかというと、僕に興味を抱いてくれたからである。

 4月に香港に行ったとき、王先生は6月に僕を訪ねると約束してくれた。6月、彼は『日本人AV監督・代々木忠の人生について』という執筆計画を立ててきていた。その際、インタビューと撮影現場の取材等を依頼された僕は、光栄なことだと喜んで承諾した。

 今回、2日間一緒にいて感じたのは、王先生は深いところで人類の将来について考えていて、そのために人類学者としての自分が何をすべきか、見えている人なんだなぁということだった。出会うべき人に出会えたと、僕はいま思っている。

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第81回 挿入できない女〈後編〉

 撮影1日目の晩、僕はひとり布団の中で、さて、どうしたものかと考えた。

 彼女(美咲藤子)はAVの現場に居場所を見つけた。でも、きっと人間不信は変わっていないだろう。なぜなら、幼い頃からずっと愛されてこなかったのだから。父親は酒が入ると「おまえなんか死んじまえ!」と暴力をふるい、母親は弟ばかりを可愛がり、姉である彼女には「あんたなんか要らない」と言ったという。彼女の中には、今なお孤独が横たわっている。

 美咲は9年間結婚していた。プライベートの男性体験は夫ただ1人。とはいえ、結婚生活中もさほどセックスはしていない。あとは20本のビデオに出た男優たちとのセックスだけだ。仕事と割り切っているから恥ずかしさもない。しかも自分の居場所を守るために、痛みに耐えつつ気持ちよさを演じるその行為がセックスと呼べるかどうかは疑問だが。

 もともと美咲はセックスが好きなわけではないのだ。セックスが好きじゃないというのは、つまるところ人間嫌いということでもある。それがどんどん膣を小さくさせ、他者の侵入を拒絶している。

 撮影2日目の朝、新たに女の子2人と男優3人、そしてスタッフたちがやってきた。女の子の1人(滝川けいこ)は「ザ・面接」に出た子で、華やかだったし賑やかだったから、今回の作品づくりでは彼女の存在が牽引役を果たせると思って、僕のほうから出演を依頼した。もう1人(君島あさひ)はビデオ初出演。年は若いが、3年ほど銀行に勤めていた。

 男優は、佐川銀次、トニー大木、松田優作。彼らには、事前に美咲の事情を伝えておくことにした。「この子には無理にセックスをさせようとは思っていない。もしも挿入したがったら、そのときは彼女が上になって入れさせ、主導権を握らせること。でないと、オレは指1本で......」と昨晩の話も聞かせた。

 女3人、男3人がそろっての撮影は、元銀行員の君島が催淫CDを聴くところから始まる。君島のパートナーは優作。君島がビデオ初出演なのは書いたが、優作も僕の現場は初めてなので、なぜCDだけで女の子があんなにいやらしくなるのか、不思議がると同時に勃起していた。

 君島から15分遅れて、「ザ・面接」に出た滝川が上のフロアで聴きはじめる。滝川のパートナーはトニー。2人の女の子には「これを聴くと、思考が落ちて淫乱になれる。本当の自分が出せると思うよ。聴き終えて目があいたら、下着1枚で男優がそばにいるから自由にして」と言っておいた。

 ちなみに、催淫CDには約30分間、催眠誘導が録音されているが、15分の時間差を設けたのは、2組のセックスが同時に始まっても撮りづらいからである。予想どおり、聴き終えるやいなや、君島と優作はむさぼるようなセックスを始めた。

 美咲の座っている位置からは、君島と優作の生々しい結合部がよく見える。それまでずっと見ていた美咲が泣き出した。彼女には銀次をつけている。これまでの撮影同様、監督の僕が指示すれば、彼女は銀次に対して何でもやれるのだろうが、今は素の自分でいるから手も足も出ない。

 「どうしたの?」と訊いたら「私にはできない」と言う。「いいんだよ、しなくても。ビデオだからこれをやらなきゃいけないというのはないんだから。銀ちゃんのオチンチンでもさわってなよ。さわってたら落ち着くから」と僕は声をかけた。

 泣き顔ばかり撮っていても仕方ないので、ガンガンやっている君島たちを撮り、フィニッシュしたのちカメラをふったら、先ほどとは打って変わって笑顔になった美咲が、銀次のオチンチンをパンツの上からさわっていた。ちょっとさわられただけで、銀次はあえいでいる。僕がわざと「こんなコワモテの男がなっさけないねぇ」と言うと、銀次もそれに合わせてますますよがる。

 こうなると、女の子はうれしいのである。だんだん彼女が卑猥になってゆく。彼女は銀次のオチンチンを自分から咥えに行った。誰が指示したわけでもないのに、喉の奥まで突き立て、オエオエ言いながらやっている。そして手でしごきながら、彼女は銀次と見つめ合った。その姿に、終わった4人も目が離せない。「あ、いやらしい」という声が見ている側から思わず漏れる。


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 美咲は銀次を見つめ、彼の巨根を本気でしごきはじめた。銀次もあけ渡そうとしているのがファインダーをのぞいていて伝わってくる。銀次は体を震わせ、気持ちよさそうにイッた。

 間を置いて美咲に声をかける。「男って可愛いだろ?」。美咲は「カワイイ」と言って少し笑った。

 休憩をはさんで撮影後半、美咲はトニーのオチンチンを咥えることとなる。ただ、ファインダーをのぞきながら僕は、勃起していないトニーが美咲のフェラで自分を勃たせ、そののちに挿入できない美咲ではなく、別の女の子へ向かう計算のようなものが見えてしまった。

 トニーはこれまで何千というAV現場を経験してきたベテラン男優だが、抜き差しだけを見せる現場に慣れてしまった分、素の自分の感情を女の子に向けることができない。だから、また悪い癖が出たのか......と僕は心の中でつぶやいていた。

 にもかかわらず、美咲はトニーのオチンチンを美味しそうに咥えているのである。口唇性欲という言葉があるが、彼女はまさに口で感じているように見えた。咥えていることが入っているのと同じように幸せそうだ。前半の銀次との行為によって、彼女の中で何かが変化しつつあるのかもしれない。


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 そのとき、トニーが「感じていい?」と切なそうに美咲に訴えた。美咲の自虐的なイラマチオに、トニーは体を小刻みに痙攣させ、口の中に放出した。むせながらも、美咲はトニーの精液を高揚した表情で飲み込み、「あ~凄い、気持ちいい、うれしい」と言ってトニーを見た。トニーの内面にも何らかの変化が生じたことは確かだ。

 「生まれてこなければよかった」とずっと思っていた美咲。AVの現場に居場所を見つけながらも、可愛がってくれなかった父を、自分に愛想を尽かした夫を、そして男そのものを心の底では憎み、拒んでいた。

 心をともない目を見つめ合うセックスにおいて、そのあたたかみが、閉じ込めた氷の部分を溶かしてゆく。その際、挿入は必ずしも必要ではない。

テーマ : 日記
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第80回 挿入できない女〈前編〉

 久しぶりにAV女優を撮った。すでに20タイトルに出演しているという女優は栗原早記や豊丸や樹まり子たちを撮って以来20年ぶりだ。20本もビデオに出ていれば、当然ながらセックスのよさも知っているだろうとふつうは思う。

 ところが、まったく悦びを知らない。イッたこともないという。最初、プロデューサー面接の資料でそれを読んだとき、彼女がイケないのはきっと子どもの頃のトラウマだろうと思った。そして面接資料を読み進んでいくと、まさにそのとおりのことが書き込まれていた。

 撮影1日目の晩は、男優もスタッフもおらず、僕と彼女の2人きりで過ごす。AV女優を生業(なりわい)としている彼女は、監督のOKをもらうためならたぶん何でもやるだろう。しかし僕はいつもそうだが、素の姿の本気セックスを見たいし撮りたいのだ。

 手始めに催淫CDを聴かせた。このCDには以前に書いたように催眠誘導が録音されている。その中の舐められているのを体感させるところで、彼女は多少反応した。ところが、挿入されたところで動きが止まってしまう。反応が鈍いなと僕は思った。

 今回は「ようこそ催淫(アブナイ)世界へ」の撮影だが、同シリーズの過去の作品を何本か持ってきていたので、この子が欲情しそうなものを選んで見せることにした。AV女優の本気オナニーを久しぶりに撮りたいと思っていたからだ。

 じっと見入っている彼女に「欲情してるんだろう?」と訊いたら、「恥ずかしい」と言う。僕は「あ、いいねぇ。仕事だと思えば大胆な大股開きもできるけど、今は素の自分だからなぁ」と声をかけた。いい雰囲気である。

 モニターに映し出された作品が、いよいよセックスになる。すると、彼女は顔をしかめた。「どうしたの? 感じてるの?」と訊いたら、「痛い」と言う。先に催淫CDを聴いているので、多少はトランスに入っているはずだ。だからモニターの中の女の子と彼女はチャネリングしている。実際には何も入れていないのに、アソコが痛いと言い出した彼女。これじゃあ、どうにもならないなぁ......と僕は思った。

 彼女にとってセックスとは「痛い」ものだった。にもかかわらず20本もビデオを続けてきたのは「楽しかった」からである。「痛い」と「楽しい」は相容れない。ひょっとして極度のマゾなのかと思う人もいるかもしれないが、マゾは決して生まれつきのものではないはずだ。

 彼女の34年間の人生は、あまりにもつらかった。1回目の自殺はどういうクスリなら確実に死ねるかを調べ、可能なだけクスリを買い集め、それを飲んだという。しかし発見が早くて病院に運ばれ、一命を取り留めた。その後もドアノブに紐をかけて首をくくったりと、20回近く自殺を試みたものの、すべて失敗に終わった。だから、つねに彼女は死に救いを求めつつ生きてきたのだ。

 彼女の父親は酒乱で、酒が入れば「おまえなんか死んじまえ!」と言いながら彼女に暴力をふるった。そんな父親にビクビクしている母親は、彼女ではなく弟のほうを可愛がった。同じ腹を痛めた子なのに、姉弟の扱いはあまりにも違っていた。少なくとも彼女の目から見れば。

 「生まれてこなければよかった」と思っていた彼女が、ビデオに出演した。これまで自分が必要とされたことは一度としてなかったけれど、ビデオの現場は違っていた。みんなが自分に注目してくれる。彼女は生まれて初めて主役になれたのである。セックスは痛い。でもそれさえ我慢すれば、自分の居場所があった。

 彼女のその切実な思いは、次のエピソードからも伝わってくる。去年の10月、彼女は大腸がんの宣告を受けた。助かるためには手術を受けないといけない。ところが、それは内視鏡で取れる範囲ではなく、切開手術になると医者からは言われる。腹に傷があっては、もうアダルトビデオには出られなくなる。せっかく見つけた自分の居場所が、手術と引き換えになくなってしまう。そこで彼女はこう考えた。どうせもともと死のうと思ってたのだから、私は楽しいままで死のう。手術は受けない。

 入院の手続きもしない彼女に、担当医が業を煮やし彼女の実家に電話する。手術を早急に受けさせるよう、両親を説得したのだ。両親が強引に病院へ連れていこうとするので、彼女はアダルトビデオのことを打ち明けた。親子はその件で揉めたはずだが、再検査を条件にもう一度病院へ行くことになった。結果はというと、誤診なのだそうである。まったくいい加減な話だが、彼女の喜びは一入(ひとしお)だったに違いない。

 彼女は24歳で結婚し、33歳で離婚している。9年間の結婚生活も、そういう体質だからうまくいかないし、本人はダンナから愛想を尽かされたと言う。朝起きられない。家事もうまくできなかったようだ。

 話を今回の「ようこそ催淫(アブナイ)世界へ」に戻そう。僕が最初に思い描いたよりも事態はずっと深刻で、一筋縄ではいきそうにない。挿入が痛いのでは、どうしたらいいのだろう? とりあえずもう一回催淫CDを聴かせるか、呼吸をやるしかないなぁと思った。

 床にムートンを敷いて横になってもらい、呼吸法を行った。しばらく続けていると、このまま行くとひょっとしたら人格が乖離してしまうかもしれないという思いがよぎった。トランスに入ったのち、トラウマを徐々に吐き出してくれればいいが、これまで押さえ込まれていた体験意識が一気に表に出てきたとき、1人の人格として自立してしまう可能性もある。

 そうなれば、最低でも5年や6年は彼女とつきあうことになる。自分はそこまで彼女の面倒を見られるのだろうか? 彼女のネガティブな感情と長い期間寄り添えば、僕自身、やっと治った鬱にまた戻るかもしれない。......やはり無理だ。

 僕は行っていたブリージングを自然呼吸に戻して、性器呼吸をしばらく続けた。すると、ちょっと腰が動いてくる。「濡れてきたのかい?」と訊くと「わかんない」と言う。「オマンコ、さわっていい?」と訊くと「ハイ」と言う。さわってみると、彼女のそこはもうズブズブになっていた。お尻のほうまで垂れている。「オレの目を見ながら、自分から腰を使ってごらん」という僕の言葉に、彼女の腰が求めるような動きに変わった。「入れたいなぁ」と言ってみたら「入れて」と言うので、じらしながら指をゆっくり挿入する。たしかに狭い。これじゃあ男優は大変だよなぁと思った。

 しばらく指の出し入れをしていたのだが、何かの拍子でスーッと渇いてしまった。まるで瞬時というくらいの早さで。すると指が抜けない。もちろん力ずくで抜こうと思えば抜けるのだが、いままでのヌルヌルの状態で出し入れする力加減ではキュッとしたまま動かなくなった。

 こうなった原因は、彼女の中で過去の何かが反応し、拒絶が起きたのだろうが、ますますこれは厄介だなぁと思った。いったい明日の撮影はどうしたらいいのだろうか......。

                               
(つづく)



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催淫CDも彼女には効かないのか?

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第79回 大嫌いな人は自分の味方かもしれない!?(2)

 「アサヒ芸能」から依頼された1カ月間の密着取材を僕は受けたのだけれど、取材者である本橋信宏としては僕に会いづらかったに違いない。そのときの思いを『新・AV時代』(文藝春秋刊)の中で、彼はこんなふうに書いている。

〈おそらく向こうから断りの返事が来るだろうが、そのほうが私としても気が楽だ。
さんざ悪口を書いた人物と一ヶ月間密着する精神力など私にはない。
(中略)
「あのね、向こうはOKだったよ」
「え? ちゃんと僕の名前言いました?」
「言ったよ」
受けたいような受けたくないような、複雑な心境に陥った。
(中略)
連載の事務的な段取りを終えると、受話器を置いて、私は深く息を吐いた。
撮影現場というのは一番デリケートな空間であり、部外者を入れるのはできる限り避けたいものだ。
それを一ヶ月間も出入りを許可するとは、向こうも何か魂胆があるのか、それとも余裕なのか〉


 べつに何か魂胆があったわけではない。会ったらキンタマ潰してやろうとも思わなかった。深くは考えなかったけれど、なんとなくそういう時期が来たような気がしたのだ。

 ところが、密着取材で中に入って見てみると、本橋は外から見える景色とはまったく違ったものを見てしまった。彼が何を見たのかは彼の本『新・AV時代』で読んでもらえたらと思うが、最初1カ月(4回)で始まった連載は好評を博し、12回に延長されていた。

 そして連載が終わったあと、本橋は取材ノートに書き留めた僕の言葉を拾い出し、それを『代々木忠の愛の呪文』という一冊の本にまとめてしまった。あれだけ叩いていた僕を、まるで賞賛するかのような本を出したのだ。「本橋に一本とられたな」と思わず僕はつぶやいていた。

 取材時、本橋は正面から向き合ってきた。媚を売るわけでもなく、肩に力も入ってはいなかった。素の自分を出してきていたのだ。1~2時間のインタビューではないから、長期の密着ともなれば、僕も本橋もお互いにふだんの自分を出さざるを得なかったというのもあっただろう。

 僕は、本橋との関係で気づかされたことがあった。それは、相手を憎いと思ったり、あるいは軽蔑したり、攻撃の対象にしているというのは、見方を変えればとても縁があるということだ。縁のない人はまったく気にならないのだから......。したがって、大嫌いというのは好きの裏返しというか、そのくらい気になる存在だということである。もしもいま、あなたに大嫌いな人がいたとしたら、それはやがてあなたの強い味方になってくれる人かもしれない。

 ただし、ひとつだけ補足すれば、あなたが大嫌いな相手とは、時が来ないとその関係は成熟しないだろう。僕と本橋の関係も「アサヒ芸能」という第三者の介入があって会うことになった。だから、今回の話を読んで、よし、じゃあ、努力して相手と仲直りしようというのでは、おそらく上手くいかない。僕が密着取材を受けるときに断らなかったのは、そういう時期に来ていると感じたからである。ただし、それをも含めて、でも「大嫌いはいずれ自分の味方」ということを頭の隅っこに置いておいてくれたら、いずれそのチャンスが巡ってきたときに、あなたはそれを感じ取るはずである。

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