週刊代々木忠
いまこの瞬間の代々木忠の想いが綴られる
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第148回 華道の宇宙
師走になり、花屋の店先に正月用の草木が並ぶころになると、50年以上前の記憶がよみがえる。
「おまえは気が荒いから、花屋で働いたらいい」。一緒に大阪へ逃げた友人Tの言葉だ。九州からの2人分の電車賃はTと僕がカツアゲで集めたものだったが、大阪に着いた時点で2人の財布にほとんどカネは残っていなかった。
初めて見る都会。なんと電車が上のほうを走っている。2人とも圧倒され、とても手に負えないと思った。田舎のほうへ逃げよう。たまたま乗った京阪電車。枚方という駅で降りる。職安へ行って、住み込みの仕事を探した。今のように規則ずくめの世の中ではなかったし、実際人手不足だったから、すぐに仕事は見つかった。Tはメリヤス工場へ、僕は花屋へ。17歳の夏だった。
花屋へ奉公として入ったのは暑い盛りだったが、慣れない生活と日々格闘しているうちに、いつしか季節は秋へ、そして冬へと変わっていった。年の瀬も押し詰まってくると、ますます仕事は忙しくなる。来店されるお客さんも増えるが、正月用に家庭で活ける花の配達が倍増するのである。店のご主人は嵯峨流家元の講師でもあったから、お弟子さんたちから花の注文が来る。彼女らは花屋にとってはお得意さんでもあるのだ。
関西で正月に活けるのは、万年青(おもと)や若松が多い。活け花用の万年青というのは、葉の先端が小さな袋状になっており、そこに泥や汚れが溜まっている。朝起きて、氷の張った水でその汚れを洗う。指先は寒さで痛くなり、そのうち感覚さえもなくなった。洗う指先にちょっと力を入れると、パチンと袋が割れてしまう。そうなると、もう商品にはならない。とはいえ、汚れたまま出すわけにもいかない。
最初の年はいやというほど先を割ってしまい、ご主人から怒られた。せっかく仕入れてきた万年青を台無しにしてしまったわけだから、金銭的にも損害だし、お得意さんに届ける数も足りなくなって、今からではもう間に合わないと。
もう一方の若松は、びっしり下まで松葉がある状態で仕入れてくるが、お客さんに届けるときには、下の松葉をハサミの背で削ぎ落とし、足元をスッキリさせないといけない。ところが、スッキリさせたところに松ヤニが出る。それを藁(わら)で拭き取るのだが、毎晩何百本と藁で磨くうちにこちらの手は松ヤニでベトベトになる。そしてこれがなかなか取れなかった。
当初は華道など興味もなかったけれど、ご主人から「うちではそれがわからないと務まらない」と言われて、僕も嵯峨流を習いはじめた。たとえば若松を例にとれば、5本、7本、9本……と奇数本を使って、天・地・人(これを三才という)を表現する。
床の間の左右どちらから光が射すかで、陽床と陰床がある。向かって左から射せば陽床、右なら陰床。上の挿絵は陽床の若松。
さらに真・行・草という花形がある。真は立つがごとし。行は歩むがごとし。草は走るがごとし。文字の楷書(真)・行書・草書と同様で、草に近づくにつれ、動きが激しくなる。若松の場合は、真か行であり、草はない。草は技術的にも無理だし、若松の特性からしてもその姿はあり得ない。ちなみに挿絵は真の形。
このように床の間に何か活けようとすれば、天・地・人の三才、形は真か行か草か――が問われる。それにはまず、活ける草木の出生(自然の中で生えていた状態)とその季節を理解しなければならない。
最初ご主人から「宇宙を活ける」などと言われても、「とてもついていけねえなぁ、わかんねぇよ」と思っていたが、仕事として花木を育て、毎日花を扱っていることも手伝って、その教えは知らず知らずのうちに身についていったようにも思える。
もっとも、華道の世界の一端をのぞかせてもらったのは6年ほどで、その後は九州に戻り、不良の世界に入ってゆく僕にとって、その教えがのちの人生に何か影響を与えたのかと問われれば、与えなかっただろうと言わざるを得ない。だが、今でも年末が近づき、花屋の店先で枝ぶりのいい苔がのった梅の古木などを見かけると、つい若松と千両(冬に赤い小さな実をつける)を買って帰り、無心で活けている自分がいたりもするのである。
2011-12-09(00:00) :
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