週刊代々木忠
いまこの瞬間の代々木忠の想いが綴られる
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第272回 想定外のリクエスト
先週の土曜、コラムニストの小野美由紀さんとのトークイベントがあった。〈「本当に気持ちいいセックスって何ですか?!」――ニッポンの性と身体をめぐる対話〉というのがそのテーマ。
僕が会場で話したのは、呼吸について、「好き」というキーワード、目を見ることの重要性などなどで、このブログを読んでくれてる人ならば、だいたいどんな内容か察しがつくだろう。
で、イベントの序盤、客席からこんな質問が出た。セックスは思考ではなく、感情と本能でするものと言っても、こうして話していること自体が思考ではないのか? 監督の中でそこに矛盾はないのか?
なかなか手厳しい指摘である。いったん話は飛ぶけれど、拙著『つながる』の終わりのほうで、僕は次のように書いた。
〈この本で読んだことを、いったん忘れていただきたいのである。
「二百数十ページもの文章をさんざん読ませたあげく、最後の最後で忘れろとは何事か!」と思われるだろうか。
忘れるといっても、記憶から完全に消し去ることは難しい。本の中で多少なりとも「それはそうだな」と腑に落ちた箇所は、必ずあなたの中に残っている。これからあなたがいろいろな体験をする過程で、この腑に落ちた箇所が記憶の底から浮かび上がってくるときが来る。「それはそうだな」と思ったものが、そのとき「こういうことだったのか」に変わるだろう。
単なる知識にすぎなかった「情報」が「体験」をともなったとき、真の「理解」が起き、初めてその人の「財産」になるのだと私は思う〉
言葉とは、活字にしてもトークにしても、前述の質問者が言うように、それをひとつの知識あるいは情報ととらえれば思考の域を出ない。誰かに何かを伝えようとする際、いつもここが難しい。さて、どうしたものかと、そのときも僕は思っていた。情報は体験をともなって真の理解へと変わるけれど、そもそも腑に落ちていなければ、なにも始まらないではないか。
来てくれた人たちに、なんとか自分の思いや考えを伝えようと、僕は言葉を重ねた。しかし、伝わったという手応えが曖昧なまま、時間は過ぎてゆく。終わり間際の質疑応答コーナーだった。最後に手を上げた若い女性がこんなことを言った。「相手の目を見て『好き』って言うことが大切だとおっしゃいましたが、私の目を見て『好き』って言ってもらえませんか」。
まさかそんなリクエストが来ようとは想像すらしていなかった。僕自身が女性の目を見て「好き」と言ったのは、はたして何十年前のことだろう。しかも、みんなが見ているなかでそれをするのは、ちょっと勇気がいる。でも……。このリクエストを口にした女性は、ひょっとしたら僕以上に勇気がいったのではないのか。
椅子に座っている彼女の前まで歩み寄り、僕はしゃがんで、膝の上に置かれた両手を握った。少し見上げるかっこうで目を合わせる。初めて会った人なのに愛しさが込み上げてくる。気がつくと「大好きだよ」と言っていた。瞬間、彼女の中の温かいものが僕の中に流れ込んできた。瞳がうるむ、目の前の彼女と同じように。会場では、いつしか大きな拍手が沸き起っていた。
「本当に気持ちいいセックスって何ですか?!」について話してきたはずだった。それはとりもなおさず、目合(まぐわい)について語ってきたということだ。2時間えんえん説明しても伝わらなかったものが、彼女のたった一言によって、みんなに伝わってしまった。言葉なくして教えを説くとはこういうことかと、僕のほうが教えられたトークイベントだった。
7月3日(木)、全38タイトルに増えました!
2014-07-04(00:00) :
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