週刊代々木忠
いまこの瞬間の代々木忠の想いが綴られる
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第212回 静かな老後
昨年の秋も深まった頃、札幌で暮らす女房の母親が亡くなった。米寿(88歳)を目前にしてのことだった。夫に先立たれてから一人暮らしだった母は自分の死期を悟っていたようで、身辺整理もきっちり済ませていた。
亡くなる前々日に「夕張の紅葉が見たい」と言い出し、女房の弟がクルマで連れていった。晩年、医者通いにも利便な札幌に越してくるまで、母はずっと夕張で暮らしてきた。だから、故郷の紅葉を最後に見ておきたかったのだろう。
具合が悪くなり、緊急入院してからほぼ一昼夜で息を引き取った。亡くなった直接の原因は肺炎だが、医者の診断ではすでに体のあちこちが悪くなっていたという。何度か吐血もしていたらしい。でも、母は決して言わなかった。
一人暮らしとは書いたが、母と同じマンションの向かいの部屋には、心配で女房の弟が引っ越してきていた。亡くなったとき、「ここまでひどかったとは見抜けなかった」と弟は泣き崩れた。その思いは彼だけでなく、家族のだれもが「つらかったのなら言ってほしかった」という気持ちをどこかに持っていた。
けれども、母は最期まで自分の生き方を全うしたのだと思う。病院で家族が付き添ったのは一晩だけである。だれにも迷惑をかけることなく、それでいて子どもたちが最後の別れをする時間だけは残している。残された子どもは、口々に「お母さんは見事だった」とつぶやいた。まさに見事な人生の幕引きであり、僕もああいうふうに死ねたらいいなぁと思った。
その僕は先月で75歳になった。74との違いは自分としては何もないものの、制度的には75から「後期高齢者」ということで、たとえば健康保険証もこれまでのコンパクトなカードタイプから倍以上の大きさの紙製に変わった。それにともない女房は扶養家族と認められなくなり、新たに国民健康保険に加入した。
これまでと同じように働き、同じように税金を納めているこっちとしては「なんで?」という思いもないわけではないが、高齢化社会ゆえ医療費もどこかで線引きをしなければいけないということだろう。いずれにせよ、75という年齢は自覚ではなく、こういうところから否が応でも認識させられることになる。
娘が二人とも嫁いだので、今は女房と二人暮らしである。結婚したときは二人で生活を始めるものの、子どもが生まれれば、生活はおのずと子ども中心になってゆく。夫婦の話題も子どものことがそのほとんどを占める。そして、子どもの手が放れたとき、夫婦にはまた二人の時間が戻ってくる。でも、新婚当時とはいろんなところが違っている。自分も、女房も。だから、夫婦関係をもう一度お互いがとらえ直す必要が待っているのだ。
僕はいま女房と差し向かいで食事をするのが楽しい。お互いに花や植木が好きという趣味の話もそうだが、むかし同じ仕事をしていたから共通の思い出がいろいろある。この歳になってみると、それらはとても大事でありがたいことに思える。僕はたくさん浮気をしてきたけれど、残された人生を女房と一緒に過ごせる意味を静かに心に描く……。
と思ったら、一昨年嫁いだ下の娘が「マンションの頭金が貯まるまで、一緒に住んでもいい?」と言ってきた。向こうの家に入っているわけではないが、夫は一人息子だ。「向こうのご両親に訊いてからにしなさい」と言ったら、「義母さん、『ラッキーじゃない。若いときに貯めといたほうがいいよ!』って」。
一方、夫の転勤で北海道に行っている上の娘も、来春には二人の孫の小学校入学と幼稚園入園に合わせて東京に帰ってくる。夫の仕事はまだ1年か2年北海道の可能性もあるが、東京に戻るのはすでに決まっているので、夫婦でそう決めたという。こちらは同居するわけではないけれど、家から近いマンションである。
どうやら静かな老後は、まだまだ先になりそうだ。でも、娘たちには言っていないが、ふたたび娘や孫とともに日常を過ごせることは、思いがけないプレゼントをもらったような気分なのだ。娘はいくつになっても娘であり、僕は歳を重ねるにしたがい、限りあるからこそ、家族とのふれあいがいっそう味わい深く感じられるようになってきたのである。
テーマ :
日記
ジャンル :
アダルト
2013-04-12(00:00) :
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