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第206回 裏切りと失望と損得計算

 30年以上前の話だ。場所はタイ。首都バンコクからリゾート地パタヤまで僕たち一行はバスに揺られていた。2つの街は150キロくらい離れている。不良仲間が企画したツアーで、日本から参加したのは男ばかり20人ほど。銘々に現地の女の子がついている。彼女たちは売春婦。つまりはそういうツアーなのだ。

 途中、ドライブインに寄った。ただし、日本のドライブインとはずいぶん趣(おもむき)が異なる。タイ特有の建物で、池があり、民族楽器が奏でられている。そこで、次から次に出てくる現地の料理を女の子たちが奪い合っている。といっても、全員に行き渡らないほど量が少ないからではない。いくつもある料理のなかでとりわけ美味しいものを彼女たちは知っており、なんとしても自分の男にそれを食べさせようとバトルしているのだ。その姿を見ながら、一生懸命とはこういうことを言うのかと思った。本当の恋人同士でも、ここまではやらないだろう。

 パタヤに着いて、リゾートホテルで何日かを一緒に過ごす。ある日のことだった。彼女が僕のズボンを畳んでくれていた。僕が見ているとは思わなかったのだろう。彼女はズボンから財布を取り出すと、バーツ紙幣を何枚か抜いた。全部抜くわけではないので、その場を見ていなければ、僕はきっと気づかなかったに違いない。イヤなものを見てしまったと思った。

 けれども、僕は見て見ぬフリをすることにした。いま見たことは忘れようと。彼女たちは身売りされてきた。そのカネを完済するまでこの仕事を続けさせられる。でも、それに同情したわけではない。人間、ギリギリのところまで追いつめられれば何でもやる。きっとオレでもやるだろうと思ったのだ。

 その後、彼女に対して不機嫌になったり、受け答えがぎこちなくなったりはしなかったはずである。当時のタイは日本の戦後の風景に似ていた。それも手伝ってか、僕は貧しかった子どもの頃を思い出していた。そういえば、似たような経験が僕にもあった。

 小倉の米軍キャンプでバイトしていたときのことだ。仕事はベッドメーキングから洗濯までいろいろやったが、ひとりの司令官から「オレの部屋付きになれ」と言われた。司令官の部屋付きは割がいい。そして、その部屋にはドル紙幣が無造作に置かれていた。「1枚くらい抜いてもわかんないんじゃないか」。そんな衝動に駆られたのをはっきり覚えている。でも、抜かなかった。曲がったことが大嫌いで……っていうんじゃない。損得計算である。せっかくいい仕事に就いているのに、バレたらそれを失う。だから、抜かなかったのだ。

 そして、あのときバーツを抜いた彼女を許したのも、やっぱり損得計算だ。僕のために料理を奪い合うのもそうだが、買い物をすれば僕に代わってとことん値切ってくれる、汗をかけばサッとハンカチで拭いてくれる。それに何よりも一緒にいて楽しい。そういうものを全部ここで潰してしまうのか? やっていないようで、じつは損か得かのソロバンを僕は弾(はじ)いていたのだった。

 生きていると失意のタネはいろんなところに落ちている。「私は信じてたのに……」と言いたくなるときもあるだろう。もちろん誰にでも「これだけは許せない」という領域があるし、なんでもかんでも許そうと言いたいのではない。仏様じゃないんだから、そんなのは土台無理な話だ。

 だが「追いつめられれば何でもするのが人間だ」という考えは、一見ネガティブなようで、失望やあきらめを肥大化しないばかりか、「自分もきっとそうするだろう」と思えれば、失意のいくらかは中和してくれる。とはいえ、なかなか許すところまでは行けない。やはり許すためには、そうすることで「自分にどんな得があるのか?」を見つけないといけない。

「そんなこと言ったって、得なんかあるわけないだろ!」と思うだろうか。ところが、その思考に慣れてくると、だんだん得が見つけやすくなる。と同時に、人間とはなんと身勝手な生き物だろうとつくづく思えてくる。自分がいったいどれほど立派な存在なのか……。そこに至れば、許しのハードルはさらに下がり、失意はいつしか消えているはずである。


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