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第197回 女が離婚を決意するとき(後編)

 前回は、離婚を決意するに至った主婦のインタビューを紹介した。つづきを書くにあたって、今一度、彼女の言っていることを時系列に整理してみよう。

 夫がもう自分に興味がないことに彼女は気づき、2年前から離婚を考えはじめた。だが、それは僕の最初の作品に出る時点でも、決定的とは言えない。催淫CDでトランスに入ったときに表われるイメージはいわば深層心理であり、偽らざる思いである。それが彼女の場合は「夫」だった。

 しかし、それ以降も夫婦関係に変化はなく、逆にアダルトビデオの仕事では自分の居場所を発見していく。そしてインタビューの段階では、すでに彼女は自分の気持ちに迷いはなかった。子どももこれまでどおり自分が育てていくつもりでいる。

 ここでポイントになるのは、催淫CDのトランスで表われた「夫」である。「若いときの感情とか、すごく愛して、この人じゃないとダメだって思ったときの感情がいっぺんに出てきたんですよ」と彼女は言っている。つまり、現在の夫ではなく、それは若いときの夫なのだ。

 医師と准看護婦(現在は准看護士に改称)。病院というヒエラルキーの中で、その2つにはどれほどの開きがあるだろう。20歳になるかならない准看護婦にとって、自分の結婚相手は単なる男ではなく「先生」なのである。そのインパクトを彼女はずっと引きずっているように見える。僕の場合も、つきあいはじめた頃、女房はすでに売れっ子女優だった。それにひきかえ僕は助監督である。だから、准看の彼女が最初に受けたインパクトの大きさはよくわかる。

 だが、その関係性が単なる男と女に戻ることは、ついぞなかったのではないか。そこには夫の側の原因もあるように思われる。彼に会ったことはないけれど、彼女の話から推測するに、やはり本能が成熟していない人のように見える。

 たとえば、ベッドではほとんどしないという彼のセックス。彼女は事前面接のとき、「いつも犯されているみたいで、愛されてる感じがしない」と言っているが、つねに一方的で、SM的であり、自分を上に置き、相手をモノ扱いしている。そこには、相手をいたわる気持ちがまったく感じられない。

 医者になる人が全員そうとは限らないけれど、彼の場合は幼い頃から親に厳しく育てられ、甘えたいときに甘えられなかったのかもしれない。医者になってからは、自分の人間性よりも医者という地位や肩書きが拠りどころとなっていたのではないだろうか。

 思うのだが、人間とはかくも誰かに「認められたい」と渇望する生き物なのだ。彼女がAVの現場で見つけたという"自分の居場所"。たしかにAVは女の子が主役である。どんな作品でも、その子の気分を壊さないように気をつかう。ひとカラミが終われば、それこそ助監督はバスローブを掛けてくれるし、メイクさんは化粧直しにやってくる。

 作品づくりのためにしているとはいえ、悪い気はしない。そればかりか、学生時代も社会に出てからも、自分1人がいなくても学校や会社がなくならないのはよくわかっているから、自分がいなければ成り立たない世界とは、まさに存在価値を証明してくれる場と言える。

 彼女は離婚の決意を僕が尋ねたとき、「家庭でダンナさんが自分のことを必要としてるよりも、自分をもっと必要としてる所があるんだっていうのを、最近じわじわと自覚しはじめて……」と答えている。その「ダンナさん」は、もともと病院の中に自分の居場所があったはずである。そして、病院内での立場をそのまま家庭に持ち込んだ。

 彼女の話から学ぶべきことがあるとすれば、男も女も"本当の自分"を出さないと、いつか別れがやってくるということである。たしかに恋愛に勘違いはつきものだろう。だが、虚像と結婚生活を送っていても、心はいつまでも満たされることがない。



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