週刊代々木忠
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第72回 不思議な夜の出来事
今から12年ほど前のことである。このブログでも紹介した山の家(千葉県鴨川市金束)に僕はやってきていた。そのときはいつもの仲間に加えて、3人の女の子たちも一緒だった。
彼女たちはいずれも多重人格者である。3人の中にいる複数の人格のなかには、小さな子どもがいる。そして、ひとりに子どもの人格が出ると、ほかの2人にも同様のことが起こった。
陽も落ちて夜の帳(とばり)につつまれた頃、"3人の子どもたち"と「庭で花火大会をしよう!」という話になった。僕たちは母屋の囲炉裏の前を離れ、みんなで庭に出た。山の家は敷地の正面奥に母屋があり、敷地の右端に別棟として風呂場と蔵が並んでいる。つまり、敷地の中央は大きくあいた庭になっているのだ。
花火に打ち興じていたから、僕は囲炉裏の火のことを忘れていた。もっとも、忘れていたのに気づいたのは母屋に戻るときである。だれも見る番をしていなかった火は、もう消えているに違いない。
ところが、囲炉裏の前に行って驚いた。火は小1時間前、母屋をあとにしたときと同じように燃えている。「誰か、くべたの?」と思わず僕は訊いていた。炭壺をのぞくと、確かに炭は減っている。でも、誰がくべたのだろう? 庭から母屋に戻った者はひとりもいなかったはずなのだが......。
すると、まいちゃんという子どもの人格がこう言った。「ここにいる人が、炭、ちゃんとやってくれてたよ」。ここにいる人? この山の家は僕が借り受けており、だれも住んではいない。つづけて、まいちゃんは「おばあちゃんが『いいのかなぁ』『いいのかなぁ』って言いながらやってたよ」と言う。「おばあちゃん?」。「うん、イガグリ頭のおじいちゃんもいたよ」。「そう......。炭、減ってるもんねぇ」。
僕はまいちゃんの話を聞きながら、この世には実在しない誰かが、実在する炭をくべていたのだろうかと思った。「満月の夜はできるの、そういうことが」と彼女は言い添えた。庭の上には、大きな満月が青白い光を放っている。
僕は彼女に「どういう人だったの?」と訊いてみた。「おじいちゃんと、おばあちゃんと......全部で3人いるよ」と彼女が答える。「じゃあ、せっかく炭を入れてくれたんだから、お礼しなきゃね。何がいいかなぁ?」。ややあって、「うん、『お酒がいい』って言ってる」。「どんなお酒、なんだろうねぇ?」。「日本のお酒」。
僕は台所から日本酒とグラス3つを持ってきて、囲炉裏のコーナーに白い紙を敷き、その上に日本酒の入ったグラスを並べた。「ひとりはジュースしか飲めないから」とまいちゃん。くわしく聞くと、おじいちゃんとおばあちゃん以外は、どうも子どもらしい。「ああ、そう、わかった」と僕は、ひとつのコップをオレンジジュースの入ったものに取り替えた。
それからしばらく囲炉裏を囲んで、みんなで飲み食いしながら盛り上がっていると、一緒に来ていた鬼闘監督が大声を出した。「あれーっ! お酒、減ってる!」。入れたときより確かに量が減っているように見える。その後も夜が更けるまで宴は続いたのだが、グラスの中身は少しずつ減りつづけたのだった。まいちゃんの言ったとおり、満月の夜にはこういうことが起きるらしい。
多重人格(解離性同一性障害)は、自分では抱え切れない心的外傷を受けたとき、それを自分に起こったことではないと、人格を切り離すことによって苦痛から逃れる防衛機制だという。多重人格者の中に子どもの人格がいるのは、その幼い時期に誰かから心的外傷を受けた証左でもある。人によって状況は異なるとしても、圧倒的に多いのは親からの虐待だと言われる。
子どもは大人に比べたら、力も弱いし、知識や経験も少ない。だから、最も愛する親から暴行を受けたり無視されたりしたら、自分が悪いのだと思い、なにも打つ手は見つけられないだろう。しかし、子どもだからこそ、大人には見えないもの、たとえば視覚ではとらえられないものや言葉の向こう側にあるものが見えることもきっとあるに違いないと僕は思う。だから、虐待などはもってのほかだが、どうせわかりはしないだろうと、ゆめゆめ嘘などもつかないほうがいい。
余談だが、のちに地元の人たちに花火の夜の話をしたところ、その山の家では、かつてイガグリ頭のおじいさんがおり、その孫は5歳のときに病気で亡くなったそうである。
テーマ :
日記
ジャンル :
アダルト
2010-05-14(11:50) :
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