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第121回 福島へ(後編)


 朝8時半、いわき市社会福祉センターには、続々とボランティア希望者たちがやってくる。前日、四倉から久之浜にかけて津波が襲ったあとを目にした。海岸沿いの家々はすでに建て直しが始まっているところもあれば、時が止まったようにまったく手つかずのところもあった。

 だが、津波による破壊の規模からすれば、テレビで見るかぎり福島県よりも宮城県や岩手県のほうがひどい。だから復興のボランティアも宮城県が多いと聞いていた。しかし、比較すれば少ないはずの福島で、これだけの人々が朝から集まってきているのだ。社会福祉センターの駐車場には、ボランティア初参加のグループと2回目以降のグループが分かれて列をなしている。その数は初参加の人たちのほうが圧倒的に多い。

 僕がカメラを持って社会福祉センター近くの道を歩いているときにも「初めてなんですが、ボランティアの受付はどこですか?」と声をかけられた。60代と思われる女性2人だった。受付場所をお伝えしたあと、話を聞けば、同じ福島県内から自分たちにも何か手伝えることはないかと思い、やってきたのだと言う。ボランティアといえば若者をイメージしがちだが、困っている人を助けたいという気持ちに年齢は関係ないのだとあらためて気づかされる。

 そして、カメルーンとケニアから来た青年2人にも会った。なにかの関係で日本に住んでいたのだろうが、人を助けたい気持ちは年齢だけでなく、国境すらも越えるのだと思った。

 その日の午後は、東京から用意してきた小さな羊羹百数十個を持って、第一原発から三十数キロの所にある避難所を訪ねた。生活必需品はこの時期もうほとんど間に合っていると聞いていたから、日持ちのする甘い物がいいように思ったのだ。人数と羊羹の数が合ったので、快く受け取ってもらえた。

 そして、その避難所で暮らす年配のご夫婦からも話がうかがえた。奥さんはもともと高血圧気味ではあったが、避難所の集団生活でこのところずっと血圧が高いそうだ。そこで生活しないとわからない、人には言えないストレスも多いことだろう。その苦労はいかばかりかと思うけれど、でも、お互いを気づかい、手を取り合うように暮らすお二人の姿がどこか羨ましくもあった。過酷な状況にあっても、つながっている人がいれば人間は生きていけるのだと教えられた気がした。

 被災地で暮らす人たちの話は、そのほかにも何人かうかがうことができた。とりあえずボランティアの話も聞けていたから、残るは原発で事故処理にあたっている東電の下請けの人たちの話である。実は着いた日の夜、ある温泉宿を訪ねていた。事前に何軒もの宿に泊まれるかどうかを確認したとき、断られた旅館のひとつだった。いま営業していないというところも少なくなかったが、この旅館とその近くに点在する数軒の宿は、東電スタッフの貸し切りになっているという。

 前夜訪ねたときには、だれにも会うことはできなかった。そこで東京に戻る日の午前中、ダメもとでもう一度、その温泉宿に行ってみようと思った。地震国である日本に原発は向かないと僕は思っているけれど、今回、原発で働く人たちから話を聞きたいのは、そこで何かを暴いてやろうと思ったからではない。ただ、彼らの話に耳を傾けたいという、それだけの理由だった。最後の日、彼らに会えたかどうかは、文末の映像で確認いただけたらと思う。

 たった2泊3日でどれほどのものが見えたのかと言われれば、ほんの一部にすぎないのはよくわかっている。社会福祉センターに朝から並んだ人たちのようにボランティアもしていないから、被災された方たちのお役にも立ててはいない。なのに大きなカメラを抱えたどこの誰とも知れぬ男に、出会った人々のほとんどはあたたかな眼差しで話を聞かせてくれたのだった。

 なかでも、女性たちの「元気」には、逆にこちらが励まされているような感覚をおぼえた。前回書いた一人で切り盛りしている飲み屋のママも、話を聞かなければ、毎日避難所から通ってきているとは微塵も感じない。津波で壊れた「道の駅よつくら港」では土日に復興イベントが開かれていたが、そこに集まった女性たちも逞しかった。炊き出しをしている一人のおばちゃんは、僕にまで「これ、食べてって」とお握りを手渡してくれた。ゴーストタウンと化したある温泉街では、外壁が崩れ落ち、ひび割れながらも、働かなければ食べていけないと一人、喫茶店を営業している女性もいた。

 多くの男たちが想定外の天災や人災によって呆然と立ち尽くしている中、きっと女たちは自分の手の届く範囲から行動を始めたのだ。地に足の着いたその一歩こそが、日本の新しい歴史を創っていくのだろうと、僕は東京へ戻るクルマの中で感じていた。




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