週刊代々木忠
いまこの瞬間の代々木忠の想いが綴られる
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第97回 娘とのイタリア
今回、下の娘と一緒に行ったのは、これまで一度もふたりで旅行したことがなかったからだ。もし結婚でもすれば、そういう機会はもうやってこないだろう。
来月で29歳になる娘とこれほどしっかり手を握り合ったのは初めてだった。飛行機が揺れると「お父さん、手を握ってて」と言われ、揺れている間はそうしていた。映画祭でレッドカーペットを歩くときには、僕のほうから「手をつないで歩こう」と自然に言えた。それはなんとも不思議な感じである。
しいて形容するなら、うれしさと解放感か......。でも何からの解放なのだろう。娘ふたりには平等に接してきたつもりだが、実はずっと抱いていた下の娘への負い目のようなものかもしれない。以前も書いたが、下の娘が生まれた途端、妻は赤ん坊べったりになり、僕は上の娘のフォローにまわった。それ以来、上は父親、下は母親というペアができ、そのまま今まで来た。思い出をたぐり寄せれば、しっかり者の上が主導権を握り、下はいつも姉に譲ってきたようにも思える......。今回、華やかな檜舞台であるレッドカーペットをその下の娘と手をつないで歩いたことが、僕にとっては別な意味でも幸せだったのである。
往きのフランクフルト空港にて
映画祭自体、イベントや取材が盛りだくさんだったけれど、それ以外にもローマではいろいろなことがあった。1日目、まずホテルに着いて驚いた。シングルルームにシングルベッドが2つ置いてある。苦労してやっと押し込んだという風情である。ピッタリくっつけた2つのベッドの両脇には、やっと通れるくらいのスペースしかない。だからスーツケースも開いては置けない。こんな具合だから、ソファなどは望むべくもない。ベッド以外にあるものといえば、コーナーに冷蔵庫があり、その上にブラウン管のテレビが置いてあるだけだ。バスルームをのぞくと、シャワーのみでバスタブは見当たらない。
でも、このホテルが4つ星である。事前に聞いていたので、かなり期待していたんだけど......。「私の部屋のほうがまだ広いよ」と娘がため息をつく。ホテル自体はたしかに綺麗だが、外から見ると以前はコンドミニアムとして使われていたみたいだ。大きな建物の半分が今はホテルになっており、ホテルの部分だけ塗装をやり直したのが見て取れる。
「4日間もここにいるの?」と娘。部屋での居場所はベッドの上しかない。「これじゃあ、なにもできないよね」と僕。すると「私、交渉に行ってくる」と娘は部屋を出ていった。結果、少しだけ部屋がよくなった。移った先はどうやら3人部屋のようで、真ん中にダブルベッドが、その足元にはシングルベッドが置かれている。今度は、ダブルベッドの左側にスーツケースを広げるスペースもある。交渉の戦果として娘にダブルを与え、僕はシングルで寝ることにした。
2日目は、映画祭のID申請を済ませ、その後、娘に気をつかってくれたプロデューサーの朱さんの計らいでバチカンに行った。バチカンからの帰り、「せっかくイタリアに来たんだから、本場のピザを食べよう」ということになった。大きな看板に「PIZZA」と大書されたオープンカフェ風の店がある。さっそく朱さんがウェイターに注文を伝えると、奥からおばちゃんが出てきて「うちにはピザはない」と言う。「じゃあ、なんでピザの看板が出てるの?」。さんざん揉めたあげく、結局スパゲティでお茶を濁した。あの看板はいったい何だったのか?
店から出ると、フランスから来た大勢の学生たちに取り囲まれた。といっても、囲まれたのは僕ではなく娘である。みんな15歳くらいだと言うから、修学旅行でやってきた中学生なのだろうか。彼らからキャッキャ言われて、娘は女の子たちと一緒に写真に納まっている。どうやら日本人が珍しいようだ。娘は手に入れたばかりの映画祭用IDを首からさげており、そこには大きく「PROFESSIONAL」と書かれていたから、ひょっとしたらそれも影響したのかもしれない。ちなみに石岡監督のIDも「PROFESSIONAL」。なぜか僕だけが「TALENT」だった。
その夜は、レッドカーペットを娘と手をつなぎ歩いて、上映会のホールへ。続く3日目は、取材に当てられていた。当然ながら、今回の映画を見るまで僕のことを知っているイタリア人はいない。でもイタリアに行ったら、せめて一枚くらいは自分のサインを残してこようと思っていた。だから、日本から持ってきた落款(らっかん)を娘に預けていたのだ。
映画を見た人からも、メディアからも、幸運なことに僕はサインを求められた。娘がバッグから落款と朱肉を出す。僕はサインしたのち、落款を押す。その間、みんな不思議そうな顔で見ているのだが、押して渡すと、とても喜んでくれた。
イタリアで出来た僕の彼女
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ではなくて、ホントはこんな写真
4日目の午前中、時間が空いた。あいにくの雨だが、「トレヴィの泉だけは行かせて」と娘が言う。石岡監督や朱さんと一緒にトレヴィに向かう途中、レストランに寄る。今度はピザのない「PIZZA」屋ではない。ミネストローネが評判だというが、なるほど美味い。食後にみんなコーヒーやデザートを注文する。僕と石岡監督はエスプレッソを頼んだ。エスプレッソがなぜか1つだけ来て「誰が頼んだのか?」と訊いてくる。石岡監督も僕もお互いが「どうぞお先に」って感じで譲り合う。ウェイターのおじさんはソーサーにのせたエスプレッソカップを、僕の前に置こうとしたり、石岡監督の前に置こうとしたり、そしてやがてそのエスプレッソはガチャーンと石岡監督の上着に......。と思ったらジョークで、ソーサーもカップも紐でつながっており、もちろんエスプレッソは入っていない。日本だったら初めて入ったレストランで、こんなサービス(?)はまずしない。これもラテンの国ゆえだろう。
5日目はもう帰国。とにかく予定がびっしり詰まった旅だった。とても楽しかったし、行ってよかったなぁと心から思う。娘と一緒に過ごせたことも、僕にはかけがえのない思い出だ。でも、娘はどうだろう? 行く時点でレポーター役をしてもらうことは言ってあったけれど、まさかこんなに自由時間がないのは、きっと誤算だったに違いない。行ってみたい所がたくさんあったはずだが、残念ながら時間を作ってやることはできなかった。僕は娘に言った。「次にイタリアに来るときは、おまえの好きな人と一緒においで。そしてそのときには今回行けなかった所も見ていらっしゃい」。娘は僕の心中を察してか、「そうだね」と言って笑った。
テーマ :
日記
ジャンル :
アダルト
2010-11-19(15:37) :
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