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第279回 娘婿

 13年前、同じ町内で引っ越しをし、家を新築した。上の娘が結婚しても一緒に住めるようにと、部屋数もそれなりに用意した。だが、娘が選んだ相手は一人息子で、ゆくゆくは向こうの親御さんと同居するからと、結婚と同時に家を出た。計画を立てても思惑どおりにはいかない一例である。

 それから何年か経ち、下の娘が選んだ相手も一人息子だったので、一緒に暮らすことはもう端から頭にはなかった。そうして下の娘が嫁ぎ、老夫婦2人には広すぎる家が残った。こんなことなら、もっと小さな家でよかったのだ。

 ところが、その家に半年前から下の娘夫婦が同居している。「マンションの頭金が貯まるまで住んでもいい?」と娘が言ってきたとき、「向こうのご両親に訊いてからにしなさい」と答えた。お母さんに訊いたら「ラッキーじゃない。若いときに貯めといたほうがいいよ!」と快諾してくれたという。こちらは、計画を立てなければ落ち着くべきところに落ち着くという一例である。

 先日、下の娘夫婦と僕ら夫婦の4人で初めて外食した。行った先は焼肉屋だが、娘のダンナは焼き上がった肉を手際よく僕に取ってくれる。かと思えば、「牛タン、硬いなぁ」と僕がつぶやいたら、2枚取ってくれていた1枚をそっと自分のほうに取って食べたり……。

 娘たちとは子どもの頃から何度も焼肉屋に来ているが、いまだかつて取ってもらったことなどない。「そりゃあ、嫁さんの親父と外食したら、気だって使うだろ」と思われる人もいるだろう。確かにそういう部分もゼロではないだろうが、でも、一緒に暮らしはじめてもう半年だ。それにひとつひとつの所作も自然で、ことさら気を使っているようには見えない。

 時代の趨勢というべきか、禁煙の波はわが家にも押し寄せ、今、うちでタバコを吸うのは僕と彼の2人だけである。道路からは駐車スペースを介して奥まったところに家があるので、玄関先にアイアンの椅子とテーブルセットを置き、そこが喫煙場所になっている。彼は夜中でも吸いたくなったら、そこに出てきて吸っている。たまに一緒になる。

 ある晩、「タバコ、やっぱやめたほうがいいですよ」と彼が言う。それには理由がある。突発性難聴をきっかけに始まった一連の検査の結果、僕の息切れは肺気腫だと診断された。女房にしか言わなかったが、女房から娘2人に伝わり、そして彼にも知れた。

 「年を取ったら、大なり小なりみんな肺気腫なんだよ。よく年寄りは息切れするだろ。たまたま病院に行ったから、病名がついただけの話で……」と僕は勝手な理屈を展開する。「いや、そんなことないです」と意外にも彼が踏ん張る。「やっぱり、やめたほうがいいです」と唯一そこは譲らない。

 僕は娘しか育てたことがない。女房と娘2人、女たちの中でこれまで暮らしてきた。家の中で男はずっと僕1人だったのだ。玄関先の外灯の下、彼の真顔を見ながら、ああ、倅(せがれ)ができたんだなぁと心の中で思う。






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