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第241回 欲情のすれ違い

 いやらしい映像を見たり、直接さわられたりして、人は欲情する。でも、同じ映像を見てもいやらしいと感じるかどうかは人それぞれであり、さわられる相手によっては、欲情どころか嫌悪感しか湧かない場合だってある。

 このように外的要因に絶対はないけれど、脳のメカニズム的に見れば「性欲中枢」が刺激されれば必ず欲情するのである。性欲中枢は当然ながら男にも女にもあるのだが、男女で影響を受ける部位が違うといわれている。男は「摂食中枢」から、女は「満腹中枢」から影響を受けるのだそうだ。摂食中枢とは、空腹感や飢餓感を感じるところ。一方、満腹中枢は、満腹感や安心感を感じるところ。

 ええっ、空腹と満腹では真逆じゃん!という話なのだが、男の場合はハングリーなほうが性欲をかき立てられ、逆に女は満ち足りて安定しているときのほうがしたくなるということらしい。

 生きものとして考えてみれば、性欲はもともと子作りが目的だから、安定が脅(おびや)かされたとき、種の存続のためにもオスはいっそう種つけに励み、メスは環境が整ったときに身ごもりたいと欲するということだろうか。

 でも、それではオスとメスの欲情のタイミングは、つねに一致しないことになる。こっちがやりたいときに向こうにはその気がなく、こっちがやりたくないときに向こうから迫られても、それはお互い「ちょっと勘弁してよ」である。

 蔓延する夫婦のセックスレスも、このような脳のメカニズムから考えれば、それが当たり前と言えなくもない。夫は家庭内の妻には食指が動かず、バレたらヤバい外の女にわざわざチンチンを勃てる。妻のほうは家庭を持った時点である意味、安定を手に入れたわけだが、自分を女として見ない夫に愛想を尽かし、しかし欲情も後押しして、機会があれば外の男としてしまう。まぁ、結婚しても働いていたり、趣味の場や習い事やネットで知り合う可能性も格段に広がったわけだから、その気になれば今はそういう機会がたくさん身のまわりにあるだろう。

 そう言ってしまえば元も子もないというか、話は終わってしまうのだが、でもそれは「一夫一婦制にあてはめれば」という前提においてである。誤解を恐れず言えば、一夫一婦制であるかぎり、セックスレスは今後も増えつづけることになる。

 では、どうすればいいのか? 一夫一婦制は制度の側が作り出したものだと僕は思っている。かつてこのブログの「結婚の新しいかたち」という話で紹介した母系社会の“通い婚”ならば、男と女の欲情のタイミングも一致するはずである。

 母系社会の“通い婚”とは、男が女の家に夜だけ通ってくる。一緒に暮らすわけではなく、それは子どもが生まれても同様である。かといって、女はシングルマザーで子育てするのではない。母系社会だから、自分の両親や祖父母、兄弟姉妹もずっと同じ家で暮らしている。つまり、生まれた子どもは、その大家族の子であり、全員が親代わりなのだ。

 この場合、女は安定した状態でいられる。家庭を顧みない夫に一人孤独を味わうこともないし、舅(しゅうと)や姑(しゅうとめ)に気をつかうこともないのだから。それに対して男は、不安定だ。通い婚の場合、女が断ればそれで終わり。もちろん男のほうが女の家に行かない自由もあるから、お互いイーブンなのだが、一夫一婦制のように固定化していないぶん、通っていく男のほうがやはりハングリーな状態だろう。

 サイパンによく行っていたころ、現地の友人ができた。ビル、スタンレー、ピーターの3人。彼らは兄弟だが、ぜんぜん顔が似ていない。親しくなるにつれ、お母さんは同じだが、全員お父さんが違うのだと知った。お母さんはパラオの出身で、ビルたちのような母系家族がサイパンにもけっこういることがわかってきた。日曜の午後、食べ物や飲み物を持ち寄り、ビーチでバーベキューをするというので、僕も誘われて何度か行った。家族の中心にお母さんがいる。お父さんたちは少し離れた所にいるが、お父さん同士も仲がいい。親戚や孫たちも来ていて、みんなで食べたり飲んだり、海で遊んだりしている。お母さんが中心だからトゲトゲしさはなく、和気あいあいの時間がゆったりと過ぎていった。当時、こういうのもいいなと感じたものである。

 総務省の発表によれば、2010年、わが国のシングルマザーの数は108万人だという。3年前のデータだが、現在、それより減っているとはとても思えない。

 夫婦がうまくいってない、あるいは、うまくいかなかったという人は、自分や相手の非に目を向けるだけでなく、婚姻制度そのものが、もはや現状に合致していないんだという視点に立てば、また新たな風景が見えてくるのではないかと僕は思う。






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