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第134回 女性たちとの集い

 フェミニストからの抗議がきっかけで始まった、女性たちとの「語る会」。登録者数は回を追うごとに増え、最大130人近くになった。といっても毎回全員が揃うことはなく、多いときで40人くらい、少ないときで20人くらい。

 そこで出席できなかった人たちのために、「語る会」関連の話題をまとめた「CHU PRESS(チュープレス)」という名の新聞を社内の女性スタッフが作りはじめた。1996年2月に発行された「CHU PRESS No.7」から、ほんの一部を抜粋してみる。

 〈TVは一家に1台から、一部屋に1台になり、ファミコンの普及、先のパソコン・ブームに拍車がかかり、今はネコも杓子もインターネット教の信者。
 集いの会場に来ていた青年会議所の方は、インターネットを含めてコンピューター社会に対して、一種の肉体性の欠落が一番コワイことだと云いました。
 人と会わなくなってもそんなに困らない。例えば女性に対してだって、おカネも時間も費やすのがムダに思えてくる。クドいたり、食事したり、また文句を云われたりすることもなく、モニター画面1つあればコト足りてしまう世の中になる。
 ネットの中にはSEX関連の情報も充実しているから、画面で気持ちよく処理できれば、人間とスル必要性がない。どんどん関心がなくなってくる、というオソロシイ世の中が近づきつつあるのです。
 逆の視点から見ると、こういうパソコンマニアより風俗通いの方が、むしろ健全なのかもしれない。
 フリーライターの今さんから、こんな話も。
 「血が出て『コワイ』とか、呼吸法でトラウマが出て『コワイ』って云うのは、スゴく健康的だなって思います。(中略)《恐怖》というのは産道を通ってくる記憶の再生で、先の(青木達也、失神から覚めた表情)子供の表情に代表される、自分がどうなってしまうのかという恐怖なんです。でも抜けると何でもない。この記憶を再生させるんだと思う。だから恐怖感を持ってるうちは、まだ人間的に健康なんですよ」
 う~ん、なンだか説得力あるなぁ。今のコンピューター時代の話に照らすと、自分が“人間でいられる”一線が存在してるみたい〉


 前後の記事が抜けているので少々わかりづらいかもしれないけれど、このとき懸念していたことが、今や現実となった感がある。1995年が日本の「インターネット元年」と言われている。当時のネット人口が世界で推定5000万人、日本で推定500万人。この記事が書かれたのが翌96年の2月だから、急速に広がりつつあるネットを横目に、コンピュータが男女の恋愛や性に与える影響をテーマにした回だったように思う。

 女性たちと定期的に語り合うことは、僕にとってとてもいい勉強の場となった。たとえば、この頃、僕は女性向けのアダルトビデオを撮りたいと思っていた。でも、どういうものなら女性が見てくれるのかがよくわからない。だから、女性がどこに反応するのかを、ぜひとも知りたかったのである。

 そこで「語る会」のテーマにそれを選んだ回があった。あらかじめビデオを見てその場に臨んだ女性たちが語ってくれた内容を要約すれば、彼女たちは女性が舐められているところや、パンティが濡れて、感じている表情に自らも欲情するという。それまで僕は、男が女性性器に興味があるように、女性は男の性器に反応するのだろうと漠然と考えていた。だが、この“男女の逆転”は起こらないのだと教えられた。

 これは僕にとって大きな発見である。あえて女性用のビデオを作る必要はなく、このまま本当の性を追い求めていけばいいのだとあらためて気づかされたのだから。

 もっとも、当時アダルトビデオを見ようとすれば、レンタルショップで借りるという方法が一般的だった。だから女性が見るとすれば、彼とラブホでとか、彼や夫が借りたものを一緒に(あるいは隠れて)見るくらいしか機会がなかった。それが15年を経た今、ネットの普及にともなって女性も見られる環境だけは整ってきた。

 「ザ・面接」は、フェミニストたちが殴り込んできた頃とはスタイルが変わったものの、18年続く長寿シリーズとして今も僕は撮りつつけている。最近、女性の「ザ・面接」ファンが少しずつ増えてきている。

テーマ : 日記
ジャンル : アダルト

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