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第195回 MA

 映画を撮っていた頃、音はすべて後から入れた。登場人物のセリフは言うにおよばず、たとえば足音や衣擦れの音、川の近くなら水の流れる音や豪雨の日なら土砂降りの音、乱闘シーンでは殴る音や物が壊れたりする音などなど。

 ところが、ビデオになるとその必要がなくなった。撮影において録音も同時に済んでいる。セリフも、人の動きがもたらす音も、背景音もすでに録れているから、後から足すものはほとんどない、音楽を除いては。音楽は、編集で各シーンをつなぎ終えたあと、MAスタジオにて入れていくことになる。

 僕の作品のかなり初期(1985年あたり)から、チャネリーノ後藤さんが音楽を担当してくれている。映画時代を含めてそれまでは、音楽もアリネタを使っていた。著作権フリーの音源がいろいろあって、それを選曲屋さんと呼ばれる人に選んでもらっていたのだ。だがビデオの時代になって、僕はそこに物足りなさというか、違和感を覚えていた。

 だから、後藤さんと出会い、僕の編集したものを見た彼がオリジナルで作ってくれた曲を初めて聴いたときには、いたく感動したものである。それからもう二十数年になる。いつも僕は編集が終わると、そのテープを彼に渡す。「今回はこういうノリで行きたいんだけど」と僕から言い出すこともあるが、なにも言わないことのほうが多い。テープを見た後藤さんが「こういうの、ひらめいたんだけど」と言うときもあれば、「いやぁ、今回はひらめかなかったなぁ」と言うときもある。

 そんなときには、それが「ザ・面接」だとすれば「この子のときだけは、ちょっとシリアスに行こうか」とか「前半のこのへんは遊ぼうよ」とか言うと、彼はひらめいてくる。「ここはこの子の感情表現をしたほうがいい」とか「ここは客観的に突き離したほうがいい」とか、曲のイメージが湧いてくるのである。

 実際「ザ・面接」の音楽は、日本の民謡をはじめ世界各地の民族音楽の要素を取り入れたものをたくさん作曲してもらっている。これは後藤さんと僕が行き着いた結論でもある。映像ではドロドロした人間の根っこの部分を見たいし見せたい。ならば音楽も、本能や感情に響くものが欲しい。となると、知性が練り上げたクラシックのようなものではなく、それぞれの地場で、生活に根づいたものの中から生まれた音楽が相応しいのではないのかと。

 MAの当日はスタジオにて、作品の冒頭から後藤さんの作った曲を入れて順に映像を見ていく。2時間の作品で1タイトルあたり丸1日かかる。そのなかで彼と僕の思いが錯綜し衝突することもある。たとえば「ここどうですか?」と後藤さんから言われて、「いや、イマイチだなぁ」と僕が答えると、彼もだんだん無口になっていき、「オレはこれでいいと思うんだけど……」となる。スタジオのミキサーも「うーん、どうかなぁ」と答えが出せない。

 しばらくして、後藤さんが折れる。あらかじめあてた曲以外のものを自分のファイルの中から拾い出して、いろいろあててみる。そのなかで「あ、これ、いいね!」と僕が言ったとき、彼も渋々OKする。そのへんはどちらかが妥協しないと先に進めないのだ。だいたい7対3くらいで後藤さんのほうが妥協してくれるけれど、僕がするときもある。

 もちろん僕は、彼の音楽の才能に惚れている。でなければ、こんなに長い年月、一緒に仕事はできない。後藤さんは岩手県で生まれ育った。柳田国男の民話集『遠野物語』で知れた遠野市の近くだと聞く。冬は過酷なはずである。自然を前にしたら、人間の嘘や虚勢やハッタリは通用しない。でも、だからこそ人間の芯ができあがる。

 後藤さんは「寒村ですよ」と謙遜するが、大自然と民話の里の歴史文化の中で、その感性は育まれたに違いない。過酷な冬を生きる者は、春の歓びも人一倍知っているものである。彼の作る音楽には、人間の息吹が感じられるのだ。しかもそれは、ただ頭の中で作り出されたものではなく、つねに作品と自分との関係性の中から生み出されてくる。だから音が生きているし、作品の中の女たち男たちの息づかいが伝わってくる。

 しかし、作品との関係性から生み出されるということは、現場の出来如何(できいかん)によって音楽も変わってしまうことを意味する。かくして音楽家が作品を見る眼は、おのずとシビアになってくる。後藤さんはこれまでテレビの仕事もたくさんしており、いろいろな演出家を見てきた。僕もそのなかの1人に過ぎない。そのプロの眼に見透かされることで、僕もずいぶん成長させてもらったと思う。

 言うまでもなく、ビデオは映像と音によってできあがる。音楽が入って初めて「もっとこう撮るべきだったな」と気づかされることも多い。気づきは次の現場で活かされていくことになるけれど、その意味でも、MAは僕にとってかけがえのない学びの場なのである。



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