週刊代々木忠
いまこの瞬間の代々木忠の想いが綴られる
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第63回 通勤電車のユーウツ
ふだん、僕はクルマで会社に通っている。でも、しばらく電車で通勤してみようかなぁと、たまに思い立って実行してみる。
東京の通勤ラッシュの凄まじさはあらためて書くまでもなく、経験している人ならよくご存じのはずだ。すし詰めの車両の中、他の人の顔が自分の目の前にあったりする。恋人同士でもないのに、こんな間近に他人と接し、その状態が何十分か(人によっては1時間以上も)持続するというのは、なかなか他にあることではない。
体と体はくっつき、顔さえ数センチの距離なのに、お互いに無関心をよそおっている。いや、よそおっているんじゃなくて、実際に無関心なのだ。満員電車のマナーは、自分を殺して、降りる駅でドアが開くまで、ただじっと過ぎゆく時間を待つ、僕にはそんなふうに映る。
知らない人の顔を目の前にしながら「この人は、今ここでは表情をいっさい消して、まるで死んだふりをしているみたいに見えるが、会社に着いたら本当の自分を出すのだろうか?」と電車に揺られながら想像する。いや、きっと出さないんじゃないかなぁ。会社には会社のルールがあって、自分の感情をそのまま吐き出したりしたら、なにかと不都合があったりするんじゃないだろうか。
では、わが家に帰って、自分の妻や息子や娘の前でなら、本当の思いを気兼ねなく言えるのだろうか? 目の前で死んだふりをしているおじさんの顔をチラッと見たら、どうもそれも非現実的に思えてきた。
目の前のおじさんだけじゃなく、横や後ろに立っているおねえちゃんやおにいちゃんはどうなのか? みんなが付けている、表情を消し去った仮面は、満員電車の中に限ったものなのだろうか?
で、満員電車はつらいので、翌日、僕は各駅停車に乗ることになる。時間はかかるけれど、こっちのほうがまだいい。
ある日のこと、3人掛けの優先席にキャップ帽を横かぶりした若者が1人占領するかっこうで寝ていた。寝ている姿を見ても、背は180センチ以上ありそうだ。
2つ3つ先の駅で、お腹の大きい女性とおばあさんが乗ってきた。そして、優先席の前に立つ。若者は目をあけない。彼女たちも「すみません。ここ、よろしいですか?」とは言わない。
僕は、気がついたら優先席の前まで行って若者に声をかけていた。「おにいちゃん、ちょっとほら、ここ、あけてあげなきゃ」。寝ていたおにいちゃんが目をあける。「なんだ、てめえは」とその顔には書いてある。彼は無言のまま、僕を睨みつけた。数秒間の睨み合いになった。同じ車両に乗り合わせた人々の視線を感じる。
そのあと彼は無言のまま席を立ち、すぐ横のドアの脇に腕組みをして立った。
「どうもすみません」と彼にともなく僕にともなく声をかけて、女性2人はあいた優先席に腰を掛ける......ものと僕は思っていた。ところが、掛けないのである。同じ場所に同じ姿勢で立っている。結局、終点の新宿駅に着くまで、その状況は変わらなかった。
いったい世の中はどうなっているんだろう?
2人の女性が優先席に座らず、言葉すら発しないのは、要するに関わりたくないということなのだろうか? おにいちゃんと僕とのいざこざに巻き込まれるくらいなら、立っていたほうがいいと。そして同じ車両に乗り合わせ、事のなりゆきを見ていた人たちも、やはり面倒なことには関わりたくないと思っているのかもしれない。
僕はお節介やきではないし、ましてや正義感を振りかざしたいわけでもない。身重の女性とお年寄りでなければ、そこに首を突っ込まなかったかもしれないが、実際には考えるより先に体が動いていた。
きっと僕と同じ世代の人たちは、人間づきあいというものをそんなふうに教えられて育ったのではないだろうか。でも、今はもう他人との交わりが、とりわけ都会では、これほどまでに希薄になってしまっている。
僕は満員電車だけでなく、各駅停車でも居心地が悪くなり、1週間も経たないうちに、またクルマで会社に通うことになるのである。
テーマ :
日記
ジャンル :
アダルト
2010-03-12(12:25) :
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